2022年12月25日日曜日

 

HAPPY HOLIDAY!!

皆様へのプレゼント

新作

最初の6話を

ここに


XXIII

王位

Kingship

未来

The Future

 

微妙/非道/狡猾

3 fights

三度童話

 

Reactor

Πεϱσεύς

  

露光啓太

Keita Roco



祝祭

2023年1月1日

Kindleストアにて

発売予定

乞うご期待


2022年12月25日

露光啓太


未来 The Future

 

  ――記憶を調整しなければならないらしい。――「あいつらはなんなんだ?」メガネのビル、――「ファンタシーの世界だな。」金髪のウィル、――「俺たちは夢を見ているだけだ。」ブラウンの髪のチャック、それはどうにでもなるということ?――彼らは若い。――「どうにでもなる。」丸刈りのビリーは言った。――4人は異世界に転送され、そしてインにいる。これから朝食だ。主人はボウルを4つとミルクの入った大きなピッチをひとつ、さらにコーンフレークの箱をふたつ、スプーンを4つ、それらを卓にドン!と置くとまた引き返す。そして椅子に腰かけ、新聞をまたバサリと広げた。――「…あいつ耳長え。」チャックは言った。

  コーンフレークの箱には「ドラゴンの餌」と書かれてある。――「で、どうする?」ビル、――「職探しだろ?」ウィル、――「どうにでもなる。」ビリー、ややうんざり。そして彼らは19世紀と21世紀の中世にいる。――「トーナメントがあるって言ってたぞ?」ビル、ドラゴンになろう。――「誰が?」ウィル、ミルクをよこせ。――「あいつだ、昨日ちょっと話した。」見れば主人は新聞のページをめくる。――「…なんで怒ってんだ?」チャック、――「戦争じゃないか?」ビリーは言った。――ロンドンはテンプル騎士団のバナーであふれ返っている。新聞とタブレットが同時にある中世、ドラゴンは空を飛び、船も同様、そして十字軍も同様だ。

  主人は朝からウィスキー――そして肉を喰わせろ。――「で、どうする?」再びビル、コーンフレークに乾いたベリー、それを口に運ぶ。――「ドラゴンになるか?」ウィル、――「王さまになんのか?」チャック、――「行先は教会じゃないか?」――唖然?しかし真理らしく思われたので、ビリーは言った。大胆な言葉はしかし、友だちの様子を窺う。――そうだ、彼らはテンプルのテンプル教会に一度集められた。イングランド王室は彼らの所持金をすべて交換してくれた。物価は21世紀の大体29分の1、ジョブセンターに登録すれば失業手当がさらに出る。このインはロンドン市の手配による。彼らは皆、かなりよく保護された。

  ――彼らはフーリガン。――「軍隊か…。」ウィルは反芻する。そして彼らは「愛国者」でもあるのだろう?――「おい、待てよ、十字軍だろ?――どこ行くのそれ?」チャックは言う、凝った芝居?――「エルサレムだろ?どこだよ、それ?」それとも不安?――「遠いぜ…。」チャックは言った。――ミルクをこぼすな。――「…面倒だけどさ、1回ジョブセンター行こう。」ウィル、そうだ、反対されれば固まる意識は世のなかにある。――「そうだ、俺たちのカネもいつかは尽きる。俺たちは結局、なにか仕事を探さないと。」ビリーは言った。――そのころ、エミールは自宅のドラゴンに餌をやる。――「あれ、どうしたの?」ピエールは驚く。

  大きな桶にコーンフレークを入れる。――「気まぐれ。」――「…なんかあった?」ピエールはエミールの従弟、手伝いに来ている。――「別に。」簡素な会話、そしてエミールは奇妙な暗がりにいるかのよう。――くだものにミルク、さらに砂糖。――「戦争はあいつらがやればいいんじゃない?」ピエール、――「…別に、俺は行かない。」エミールは実に大地主、彼の農園では知りあいが何人も働いている。――縁故主義は彼らの基本。――「タイミングはよかったけど、結局はメシのお話だろ?」――自然、それは反自然の基本にもなる。ピエールはしかし感づいていた。――「シャルルマーニュはおそろしく元気がいい。」――彼は権力者だ。

  彼らの住むここはブルターニュ、「ケルト的周辺」であり、大昔はほとんど農業をしなかった。彼らは牧畜で生計を立てていたらしい。――「アメリカがもうダメみたいだから、あいつなにかするかも。」――「…いや、話しあいだよ。」――嘘だろう、しかしエミールは言った。――「あいつはヤバい、あいつは皆殺しばかりだ。」――そのとおり、ピエールは言った。――ところでこの土地は誰あろう、ランスロット公の領地、そのすぐ東側は誰あろうローランの領地、そしてランスロット公は諍いをさけるため、シャルルマーニュにも形式的な忠誠を誓っている。しかしランスロット公はシャルルマーニュに税を納めているので、軍役の義務を持たない。

  シャルルマーニュは社会システムを進化させている。――「まあ、あのシャルルマーニュは少しばかり新しくて、シャープだとは思う。」ピエールは言う、――「でも血を噴いて人が死ぬのを見るのは、相変わらず大好きだと思う。」――「…戦士なんて、そんなものだよ。」――彼らはピグマイ、小心で働き者だと考えられている。多くは農民、酒造や商人をしていることもある。――住む世界が違う?――「いやだから、俺はなにもしないって。」エミールは立ちあがる。彼のドラゴンは大人しく、ベジタリアンの作法は有効らしい。それはどうも迷信ではない。――「ただ俺たちの信仰がこの先どうなるのか、少し気になっただけ。」エミールは言った。

  ――ドラゴンの標準行軍速度は時速60キロ、馬のそれは時速6キロ、どちらも2時間行軍して30分休む。ドラゴンの最高速度は時速120キロ、馬のそれは時速60キロ、最高速度でドラゴンは16分、馬は5分、それぞれ行動できる。――「大敗だな。」ピンストライプのスーツ、口ひげのウィリアムは新聞の一面をようやく見た。相棒はテンプル騎士団のパンフレットを読んでいる。――株式会社テンプル騎士団?――「ここから先は茨の道だな…ふむ。」ウィリアムはページをめくる。――空飛ぶ船の最高速度は馬のそれとほぼ同じ。空飛ぶ船は「魔法石」の力で動いており、12時間に1回補給。――「…まあ、白けるだけだ。」

  大きな声では言わなかった、ツイードのジャケットの彼はチャールズ。――「…見ろ、俺たちだ。」ウィリアム、彼らのニュースがある。――「異世界からの来訪者、総計9652人…ふむ、そんなにいたか?」そしてこの世界の住人は特に驚かない、小さな記事だ。――「俺たちはきちんと帰れるのかな?」チャールズ、――「さあ、知らん。」ウィリアムはページをめくる。――ここはイーストエンド、ジョブセンターにふたりはいる。シティ・オブ・ロンドンの市壁は完全、彼らは初めて見た。エミレーツ・スタジアムも完全、アーセナルFCもあるという。そしてジョブセンターにはテレビ、エアコン、蛍光灯、そしてテンプル騎士がいる。

  テンプル騎士団のための特設コーナー、そこには木偶人形のテンプル騎士、鎖帷子にチュニックを身につけ、ロングソードと盾を持つ。さらにエルサレムの写真、ドラゴンの写真、そしてテンプル騎士団の空飛ぶ船の写真と精巧なミニチュア、そして給与や年金などの雇用条件がでかでか。――カウンターの向こうには年老いた本物のテンプル騎士がひとり腰かけている。――「西暦1187年。」ぼそりとウィリアム、新聞の端を見せる。――「まあ、そうだろうけど。」チャールズ、そして彼の眼が気になった。――年老いた彼はなにか希うような眼をして、こちらを見ていた。チャールズはちらと見て、もう眼を合わせられない。

  ――どうする?――「ドラゴンはきわめて有力な戦力であり、ほとんど唯一の実効的な空戦力である。」お父さんはパンフレットを読み、タオルで汗をぬぐう。――水を一口。――「これが教えに違反する?」――「ええ、そうです。彼らは本当に真面目です。」ガラハッド公、別に疲れていない。――剣の交わる音が小気味よく響く、ダンスのよう。――「魔法は「神の奇跡」として問題がないということになっています。」ガラハッド公――と、剣の交わりに火花が生じた。――「それでもドラゴンには問題がある?」――「そのようです。」パーシヴァル公とベディヴィア公は剣を交わす。――「ふむ…それはまあ、呑気だ。」また水を一口。

  ――訓練である。アーサー王はロングソードを上手に使えるようでなければならない。ふたりが少し目配せをしたのがお父さんには見えた。――お父さんは真剣に観る。それは形の確認だろう。上段、下段、中段、腰から腕、柄の握り方、いろいろとコツが要るらしい。――「あれはかなり役に立ちます。」ガラハッド公は言う、――「この世界、屍体は平気で動くのです、大陸の彼はそれで成功したのです。」――するとどうだろう!ふたりの剣が火を噴いた。――「魔法の訓練もしなければなりません。」ガラハッド公、――「…皆、できるのか?」――「はい。」――これはハリー・ポッターの世界?しかしお父さんは訓練をしなければならない。

  ――グレートウェールズという謎の国、それはおよそカナダである。ここはウォータートン湖のほとり、旧覇権国のすぐ北にある。この土地はすべて宙に浮いている。天空に浮かぶこの土地はとても涼しい。最も優れたドラゴンを育てているのはこの土地であり、最も強力な空戦力を誇るのもこの土地である。この土地にはおそらくひとつの国がある――しかし常備軍がない。貴族はそれぞれ領地の所有者だが、自治体の所有者ではなく、その長でもない。多くのことは議会が決めて運営しているが、軍を統帥するのは彼らである。――中世、のようなもの。そして王領は少しだけあり、永らく「霊的な王」が君臨していると考えられていた。

  ――その「彼」はどうも受肉する。――「嫌な予感がします。」――稲光、イングランド女王メアリⅠ世。――「お話が優れて神話的になりそうな予感がするのです。」彼女の夫はアラゴン王アルフォンソⅠ世。――「気になさることは特にはないと思います。」ペンブルック伯爵、円卓の騎士、今はテンプル騎士でもある。――「陛下はいつも、おひとりではありません。」――「…ええ、そのとおりです。」――稲光、それは決まりきった台詞だ。そして気になることは山のようにある。――「あの人たちはムスリムと取引していますね?」女王は言う、――「ドラゴンを輸出しています、大変な懸念ではありませんか?」駒を動かす――キングはここ。

  ――「はい、シャルルマーニュを牽制しているのです。」伯はひどく冷淡、――「アメリカが亡びてしまいましたから、仕方がありません。」――カソリック、それは単なる名辞だろう。「普遍」の実体はもちろん権力である。――権威ではない。――「わたしたちはしかし今、十字軍をやっています。」――「彼らが、やっています。」――稲光、伯の顔を照らす、ナイトはここ。――「陛下はいつも陛下ですから、安泰です。」そして王配は今、キリスト教の名のもとに戦争をしている。息子の名はリチャード。――「そういえば息子が十字軍に興味を持っていました。」メアリⅠ世は言う、――「英雄になるつもりなのでしょう。」ワインを一口。

  ――不気味?――「あまりお勧めできません。」ペンブルック伯、ふと、メアリⅠ世は考えた。――「彼らを消耗させるための争いですか?」本当に気持ちが悪い。教皇庁はやはり敵なのだろうか?――「国民の関心(ナショナル・インタレスト)を反故にするわけにはいきません。」伯は言う、もうすぐステイルメイト、その確率が高い。――「政治学です。」――本当に気持ちが悪い、メアリⅠ世はそう思う。――そしてネイションが発生しつつあるのだろう。誇大な関心がそれを産むのだろう。それは共同体であり、終極論だろう。――「彼が常備軍を組織しつつあることは懸念です。しかし戦については間違いなく矛盾だと思います。」メアリⅠ世――ビショップはここ。

  ――「…ええ、勝利には、さらなる勝利の予感がつきものです。」――駒を動かすべきか?伯は考えた。――「どこまでも行こうとして、彼らが朽ち果てるならそれはそれ、われわれは、賛成も反対もいたしません。」女王はそして奇妙に感服した。――しかし顔が石になる。――「理由については、分からないことではありません。」メアリⅠ世、時の流れは人を砂にする。――「はい、古代からファンタシーは政治に深く関わっており、誰もがそれを尊重すべきです。」ペンブルック伯、熟慮したが結局、駒を動かす――ビショップはここ。――「…ええ、よく分かっております。」そしてメアリⅠ世は、その事実を認めた。普遍はファンタシー?

  ――雷雨がやんだ。蒼空が顔を出しはじめた。2匹のドラゴンが兵士を乗せて空を飛ぶ。ジョブセンターから出てきた彼らはそれを見た。――「おお、きれいだな。」ビルは言う、2匹の白いドラゴンは豪奢な赤い衣装を身につけていた。――「おい、なんだあれ?」ウィルは指さす。――それは大きな空飛ぶ船、大きなお腹には大きなテンプル十字が描かれている。――なかなかの低空飛行。――「王宮へ行くのかな?」ビル、――「俺たちの行先はスタジアムだ。」チャックは言う、エミレーツ・スタジアムも募集をかけていた。――平和が一番。

  しかし彼らもまたテンプル騎士団のパンフレットを持っている。――「あいつはさ、もう出兵しないのかな?」ビル、年老いた彼といくらか話した。――「さあ、もう年金暮らしじゃないか?」ビリー、――「年金暮らしは悪くないね。」と、ウィルはパンフレットを見る――表紙にはドラゴンに乗って空を飛ぶテンプル騎士の絵。――「なあ、こいつは悪魔なんだぜ?」チャック、――「分かってるよ、理由ってんだろ?」ウィル、――「言葉なんかどうにでもなる。人間は…追いつめられれば変わる。」そしてビリーは、少しばかり真面目な顔をしていた。――そして彼らネイションもまたファンタシーなのだろう。ネイションは聖職者に近い。

  そしてネイション・ステイトもまた、教会のように振る舞うだろう。

未来 The Future

 

  玉座の前の石に突き立つのは「太陽の剣」、伝説の天才鍛冶工ルーインドロップの傑作であり、「エクスカリバー」とも呼ばれ、「覇権の道具」のひとつ、アーサー王の証でもある。剣の鍔には太陽の意匠、そして剣身にはその太陽から飛びだす2匹のドラゴン、あるいは2匹の蛇の意匠がある。――玉座の前、お父さんは皆に向きなおる。――「では見事に、抜き放って見せましょう。」――壮観?広すぎる広間では宴の準備、従者は行きかい、今それをやめた――と、お父さんに不思議なものが舞い降りた。これは重大な儀式ではないのか?それなのに宴の準備?そしてお父さんは紛れもなく居直り、少しばかりリラックスしようとした。

  ――冗談だと思っている?そしてお父さんは剣の柄をつかむ――そして力を――入れる。――「…む、これは大変なことだ。」――お父さん、それにはきちんと落ちがつくのだろうな?――と、パーシヴァル公がうんざりした様子。――「…どなたか、ご所望はありませんか?」――天啓に打たれた?吐気がするが正直でよいだろう。――「…やりましょう。」パーシヴァル公は手を挙げた。――周囲は沈黙に包まれていた。昔からの好奇心?――「素晴らしい芸ですね?」――そして好奇心、初めてその剣の柄に手をかけてみた。そしてパーシヴァル公は渾身の力を込めた。――抜ける――だろうよ。――「…さて、次は?」

  ――お父さん、大丈夫なのか?――「どういうことでございましょう?」ボールス公、面白がっている?――「誰でも王になれるかもしれない…そう思いませんか?」――お父さん、反抗しているのか?――「もう一度やって下され。」ガウェイン公、少しムスッとしている。――ランスロット公は平然としている。――「…われわれは、わだかまりを作るべきではありません。」――そうだ、お父さんはそのお話を知っている。――「われわれは円卓の騎士、われわれは会議をするのです。」――そうだとも、アーサー王もまたその円卓の騎士のひとり。――「そしてわれわれの椅子はわれわれのもの、そして同時に民のものです。」

  ――莫迦げている?沈黙がさらに凍えた気がした。そういえば中世だ。序列はかなりハッキリしている。――「誰にとっても、暮らしが常に一番です。」お父さんはぼそりと言った――そして剣は思いのほかするりと抜けた。非常に呆気なく、しかもその剣は思っていたほど重くない。軽快にそれを持ち替え、ようやくそれらしく直立する黄金の剣、剣身には「全世界のまことの光」と刻まれている…お父さんはなかなか唖然とした。――「…このように、」――全世界?それは大言壮語に過ぎるのではないか?――そして辺りの様子がおかしい。皆が止まっているように見える。――「ええ…、」辺りを見まわす…おかしい、なにかが起きている。

  ――パーシヴァル公は眼の前で止まっている。顔つきはやや厳めしい。――そして剣、太陽はどうも笑顔のようだ。――「…どうなさいましたか?」――剣、それを裏返す。特におかしなことはない。――動け…お父さんはそう思った。――「おお、抜かれた。」ボールス公。――「…ふむ、アーサー王陛下でおられる。」マーリンは荘厳に言う、――「われらが陛下、全世界のまことの光。」――すると円卓の騎士と淑女たち、さらに従者たちは一同、恭しく礼をした。――「…そのようです。」お父さんは当惑し、だがやはり、満足していた。――しばらくして夜、ピグマイの村、幸せは宴のなか。――「この指輪?」エミールは胸に手を当てる。

  ――「そうよ。」夕闇のなか、ドレスの新婦は愛らしい。――「アリスにあげるんでしょう?」――「そうだよ。」エミールは美味しいワインを飲む。――「教皇が十字軍をやってるだろ?それでこの辺りはとても平和だ。」そうだ、十字軍が阿呆どもを駆りだしたので、この辺りはますます平和になった。――平和な農民。――「それでアリスを強くして、教皇庁を乗っとるの?」――「そんなことはしない。」――「…じゃあ、どうする?」――新婦は不思議な眼をしている、不敵だ。――「さあ、分からない。使い方はアリスが決めるんだと思う。それでいいんだよ。」――「…それは覇権の道具なんでしょう?」――新婦、なにを考えている?

  新婦のリディはワインを一口、いつもより美しい。――「ゴブリンがとにかく増えている、春だわ。」――「そうだね、俺たちには大した智慧がない。」――「貴族たちは長子相続がなんだとかって、言いはじめたじゃない?」――「シャルルマーニュが巧くやっているよ。」――「でもそれで合理化が進んだから、十字軍じゃない?」エミールは木にもたれ、向こうの大きな焚火をぼんやり眺めた。――「…そうだね。」――「そう、確かに智慧がない。でも覇権者が現れなかったら、平和が来ないわ。」リディ、――「…でも覇権者はいつも最強者だよ。俺はそんなに強くない。」エミールには自信がない。――彼らはマイノリティ、ちょっとした平等主義者だ。

  封建制が発展するとゴブリンが増えると言われる。――「ゴブリンどもはまあ、不幸だよ。都市生活はいろいろうるさいから。」エミールは言う、ゴブリンは農業奴隷、あるいは都市部の没落農民だ。――彼らは「牙つき」である。――「ナショナリズムとかさ、新しい教説が流れている。」リディは言う。――「わたしたちは古いまま?」そうだ、保守的な「耳長」は魔法世界を生きている。古い世界の住人であり、一応知識が豊富だ。――ところで近代の破滅が彼ら古い勢力の猛烈な法悦に求められるとしたらさて、近代はなにを創ったのか?――「よく分からない。でも古いままでは新しくなれない…まあ、少しずつやればいいことだ。」

  大きな焚火のまわり、ピグマイたちが踊る。――「昨日からイカサマなんだぜ。」――「どういうこと?」――「こういうことだ。」ポケットから粉、ジャンがそれを焚火に投げ入れると、深紅の大きな火柱!――「エミールは覇権者だ。」ジャンは言う、――「指輪があるからな。」もうひとりのジャン、新郎のジャンは聴いていた。――「あれは危ない指輪なんだろ?」手をたたけ、――「そうだ。」ステップを踏め――それは憎悪の踊り?――「危ない奴が、危ないものを追う。」ジャンは言う、――「危ないものが、危ない奴を作る。危ないものが、危ない奴を選んだ。」――そしてふたりは腕を組む。――「…まあ、平和が一番。」新郎のジャンは言った。

  スキップしながらまわる。――「ジョークってな?」独り身のジャン、まわりは篝火、赤、蒼、黄色、緑にオレンジ、紫もある。煌びやかで賑やかで、理想的な田園は無数のファンタシーを含む。――「俺たちに野心はないか?」――「…俺の前で言うなよ。俺は結婚したばかりだ。」――「エルフが来るんだ。」野心は続ける、――「戦争が賑やかだ。俺たちは5倍にはなる。」新郎のジャンは聴いている。――「…でも、戦争だよ。」――「そうだな…今日は忘れよう。」――踊れ、――「そして明日は思い出すんだ。」――賑やかだ。男と男は女と男。――「気晴らしだわ。」――「聴いてたか?」――「覇権の指輪があるんでしょう?」――「そうだ。」

  ジャン、そしてお友だちのセリーヌ。――「わたしたちは世界を手に入れる?」――「かもな。」女を持ちあげろ、――「――あは!」脚を広げる、――「それって素敵ね?」――「そうだろう、平和のビジネスだ。」手をたたく、――「覇権者だからな。」ステップを踏む、――「どうにでもなる?」女は浮気性?とても愉しそう。――「そうだ、自由は不自由、そのようにはな。」――覇権、――「ねえ、ちょっとその指輪見せて。」――「いいよ。」リディは愉しそう、エミールは厳かに胸ポケットからそれを取りだす。――覇権、――「覇権は人を選ぶんでしょう?」リディは眼を輝かせた。――蒼みがかった銀の指輪。――「そう言われている。」

  エミールは覇権者なのか?――「道徳的エナジー…、」リディはそれを眺めている。――「わたしちょっと自信ない。」リディは正直だ。――「でも、がんばらないと。」――「そうだ。」――「…ねえ、ちょっと使ってみてよ。」リディの眼、それは輝いている。――そしてアイデア、それはどうなるのだろう?――「…どうかな?」ジャンを宙に浮かせ大回転?――「どうしてよ?やって。」――アイデア、それは赤子のものか?エミールは思い浮かぶものを吟味する。――「…いいよ、じゃあ残りのワインを飲んで。」―――「分かった。」リディは指輪を渡し、残りのワインを飲みほした。――「これでいい?」――「いいよ、その口を向こうへ向けるんだ。」

  リディはそのようにする――そしてアイデアのとおり、それはそうなるはずなのだ。ワインの樽は向こう、口を開けたまま、エミールは指輪をはめ、そのアイデアを思い浮かべた。――するとどうだろう!ワインは大きなアーチを描き、リディのグラスに注がれる!――「すごいわ。」エミールは自分のグラスにも注ぐ。そしてワインはどこにもこぼれない。蛇のように辺りをめぐってまた樽へ。――「結婚おめでとう。」――「ありがとう。」ふたりはまた乾杯、そしてリディはエミールを好奇の眼で見る。――「世界の王さまね。」リディはささやき、美しくワインを飲む。そしてエミールは驚き、そうだ、考えごとをしていたのである。

  ――覇権?――「ええ、そのように言っているようです。」ガラハッド公は言う、――「殺された先代の記憶が蘇る…ええ、われわれもまた苦しい内戦をしていたのです。」そしてお父さんはワインをちびりと飲む。――「記憶が崩壊することもあります、狂人になることもあるのです。」――本当?――「そんなに危ない橋を渡る?」お父さんは驚いた。――「ええ、内戦はそのようなことばかりでした。それが気になるのでしょう。」ガラハッド公、ベテランのふたりを見やる。――「陛下がまったく昔の彼になることもあります。昔の記憶と傍観していられるなら、それは穏やかで豊かです。――しかし…不気味なものですよ?」

  神妙な顔。――「われわれの武具はすべて霊の化身、幾世代、イエの記憶を継いでいるのです。――すべて血の海を渡る道…乱世あり、和議あり、葛藤あり、欺瞞あり、すべての記憶を継いでいるのが、われわれの武具です。先の陛下は最期の瞬間、恐ろしく身悶えしておられました。その記憶が陛下を傷つけるのではないかと、皆案じているのです。――この世界にもう少し慣れてからのほうが、よいのではないか…?」お父さん、少し納得する。――「…ふむ、ではそのようにしよう。」ワインを飲む、記憶のお話?――貴顕がかなり集まったので、広すぎる大広間はそうでもなくなった。顔と名前を憶えるだけでもかなりの苦労を要する。

  彼らはなぜか19世紀風の衣装を身につけている。お父さんは濃紺のスーツ、そして円卓の騎士は完全武装にマントの身。――「厄介なことになる。」ガレス公、――「確かに、記憶は何度でも味わえる。」ベディヴィア公、――「そうだ、どぎつい戦争狂では本当に困る。」ガレス公、やや深酒。――「しかし彼は銀行家をしていたらしい。ひょっとして大人しいだろう。」ベディヴィア公、隻腕ではない。見れば新しい彼は湖の乙女に誘われ、窓際へ向かう。――「…そうだ、昔の記憶に喰われなければいい。」ガレス公は言う、――「俺たちの共和国はかなり巧くいっていた。700年ぶりに王が復活するとは誰も思わない。」――憑依現象?

  パーシヴァル公も深酒気味。――「俺たちは皆、王の帰還など単なる虚言だと思っていた。」――「ふん、猪の帰還だろう。」モーガンは言う、――「わたしたちは大なり小なり記憶の奴隷、警戒心がそうさせるのだろう。」大いに警戒している。――「専制はいつも過誤のうちだ。あの内戦はなるべくしてなった。そして誰が悪いかといえば誰もが悪い…そういうことにしておきたいね。」パーシヴァル公、それは政治学である。――「だから昔の私は彼を落馬させたのです、ひき肉にしてやろうと思ったのですよ。」ボールス公、不安して見栄。――「遠い昔のお話です。私も彼も無垢でしょう。」――「…しかし思い出は得てして大事なもの。」誰かが言う。

  美しい淑女、誰だろう?――「深くこだわることもあるのでは?」――「…ええ、よい思い出についてはそのとおりでしょう。」ボールス公は言う、――「要するにわれわれには快楽の原理があるのです。そして稼ぐことがとても大事です。これからの稼ぎ頭は陛下になるでしょう――そして牽制されなければならないでしょうね?そしてわれわれが大いに稼ぐなら、われわれは大いに忘れるもの、われわれにとって重要なのはやはり稼ぎです。」ボールス公は願って言った。――「ルーインドロップ、」初めて聞く名だ。――「彼が記憶の主人?」――「そうです。」湖の乙女、ワイングラスを手に持つ。――そのワイン…飲めばどうなるのだろう?

  女の身体をジロジロ見るものではない。――「イエの記憶を作っています。伝説の天才鍛冶工です。」――「ふむ…、」大袈裟な台詞、お父さんは少し考えた。――「要するに、われわれの記憶は戦争の道具だと?」――「そうとも言えるでしょう。」湖の乙女は言う。――「要らない記憶は忘れてしまいますが、自らの祖先のしてきたことを、わたしたちはかなりよく記憶することができるのです。」――歴史教育?――「ふむ…しかしまあ、利益のほうが大事だと思う。」お父さんは言う、――「結局のところ、血統よりも業績だと思う。」お父さんは21世紀からやって来た。――「結局、経済が平和の、つまりわれわれの命綱だ。」

  さてそれは、ネイションの誕生秘話である。

未来 The Future

 

  ここは野原?――「テュンダレオース。」誰かが言った。――お父さん、――「よいか、予算案は鉄壁だからな?」――「…はい、分かっております。」彼は答えた。――「テュンダレオース。」――お父さん、――「通貨を上げたいのだ。あの連中に喰らわせてやる必要がある。」――「…あの連中と申しますと?」――お父さん。――「テュンダレオース。」――お父さん、ようやくむくりと起きた。――ここは野原だ。美しい湖、美しい山、そして荘厳な宮殿…お父さんはある人とお話をしていたのである。――お父さん、保守党から出馬してこの度当選、めでたく国会議員になり果せたが…と、お父さんは振り返る――そこには誰かが…。

  法衣?――「私ですか?」――「そのとおり。」張りのある声、彼は歩みよってくる。お父さんは立ちあがる。――「あなたは大変な過誤を身にまとっておられる。」――「…過誤と申しますと?」――「あなたの名前です。」彼は言う、――「あなたは名前を忘れておられる。」――と、お父さんは眼を円くする。――「…いえ、私はエドワードです。エドワード・ローズ。」――すると彼、彼もまた眼を円くする。――「エドワード・ローズ…。」彼はその名を反芻する。そして彼は懐から封筒をひとつ――それには赤い封蝋、太陽と2匹のドラゴンの印、お父さんにそれを見せると、彼は封を開く。――「…エドワード・ローズ。」手紙を見る。

  裏返す。――「…はい、スペルは同じです。」お父さんは請けあう。――と、雲雀が数羽、空を飛ぶのが見えた。――「では、あちらへ――王は帰還なされた。」指さす向こう、荘厳なあの宮殿がある。――「申し遅れました、(わたくし)、マーリンと申します。」――宮殿の前庭。――「これからは闇か?」ボールス公爵。――「本物ならそうかもしれん。」ケイ公爵、そして彼の肩に雲雀がとまる。――「…ふん、本物らしい。」ケイ公、少し不安気味。――「ふむ…まあ、勇敢な者は、呪われていなければならん。」ボールス公、そして遠くからふたりが歩いてくる。――「どうにかして動かせるようでなければ、国が破滅する。」ボールス公は懸念する。

  ――「…これから呪うのか?」――「そのとおりだ。」――荘厳な宮殿に近づく。――「あれはホテルではなかったですか?」お父さん。――「ホテル…?ええ、ある意味。」マーリンは答える。――「あれは陛下の宮殿、わが陛下、アーサー王陛下の、お召しものでございます。」お父さんは驚いた。――「…なるほど、すると私も、偉大でなければ。」――「そのとおり。」――そして前庭、マントを羽織った完全武装の騎士がふたり。――「これはおいたわしや、ますますの栄達、若さゆえの右腕、(わたくし)もまたあなたの身体の部分、ボールスと申します。」――「…アーサーです。」――「剣はまだ玉座のもとにあります。」大貴族。――「ケイと申します。」

  推定アーサー。――「はい、アーサーの予定です。」そのとおりである。――「昼間から夜ということは、世のなかにはないのです。」マーリンは割って入る。――「ええ、運命は、召し使いを望んでいるのではありません。」ボールス公。――「はい、私も友人を望んでいるのです。」推定アーサー、板についている?――「どうぞ、こちらへ。」ボールス公は恭しく言った。――錯乱?――「ああ、闇が来る、悲惨が来る。」モーガン・ル・フェイ。――「大変なドラマだな?」パーシヴァル公爵は言う、――「神とはお近づきになれない?」――「彼は神ではない、人間だ。」モーガン、否定形、――「使命を持つ人間は神に近い――しかし俺たちは、そうではない。」

  パーシヴァル公、自らを肯定する。――「十字軍は忙しいが俺たちは働かない――彼が、いや彼だけが働くんだ。」円卓の騎士には自明だった。――完全武装。――「まったく、陰気で大袈裟な儀式だ。」ガラハッド公爵、――「王は帰還して、われわれはいなくなる――気楽だ。」ベディヴィア公爵、――「いなくなるのに?」――「閑暇は素晴らしい。王者は王者だ。」ふたりは大広間へ入る。――太陽、至るところ太陽、さらにドラゴン。――「宮殿は悲劇ではない。われわれは王に従っていない。われわれは雰囲気に従っている。」ガラハッド公、――「われわれの剣は大抵、舌だ。」ベディビア公。――そして玉座の前、伝説の剣が突き立つ。

  ――「自然に背けば長持ちしない。」ベディヴィア公は言った。――理由のない未来はない。――「陛下の記憶は回復するでしょう。」ケイ公、陛下?――「あなたの記憶は回復するでしょう。特殊な機械があなたを覆う。」――「…ロボットになるのですか?」――「皆、そうです。」ボールス公、そして大広間、そこにはまた完全武装にマントを羽織った3人の騎士、そして女がひとり、彼らは皆、恭しく首をたれる。――「われわれの武具は記憶を伝えます、マナーと同じく、身を護るために。」ケイ公、――「ええ、よく存じています。」お父さんは認めた。――そして恋人。――「われわれの餌はもうどこにもない。」ラモラック公爵。

  ――「それは野蛮の終わりだ。」トリスタン公爵。――「文明の始まりか?では椅子に腰かけていればよいわけだ。」――「そうだ、あとは彼がやる。人生の高みは低きにあり、女性を敬うようなものだ――なあ?」――「…わたし敬われてました?」イゾルデ、――「敬われているさ、愛されているとも言う。」――そして役者は揃いつつある。――「昨日から腹の具合が悪い。」ガウェイン公爵、――「宴が続けばそうもなる、猪を喰えばもっとそうなる。」ガレス公爵は言う、――「あのころより大人しくなっていればよい。」大きな空飛ぶ船から降りてふたり、荘厳な宮殿を眺める。――「嫌なものはいつもあそこからやって来る。」ガウェイン公。

  蒼空を指さす。――「宮殿はそして風のなかだ。」――彼らはなにをしていたか?アーサー王が死んでから、彼らの記憶は共和国を現していた。それは長閑な共和国、彼らの国グレートウェールズは栄えに栄えていた。グレートウェールズ、イングランド、スコットランド、およびアイルランド連邦共和国はグローバルな帝国を構築してもいた。そしていつしか叛逆者が現れ、立ちどころ粉砕されるかと思えば科学の力で奇妙に栄え、しかしそれもまた科学の力で崩壊してしまった。――偶然?彼らはさて、どうしよう?――「彼は来るのか?」パロミデス公爵。――「来ると言っていたがな。」ユーウェイン公爵、ふたりは馬上の完全武装。

  そよ風が吹き、宮殿と大きな空飛ぶ船が見えてきた。――「記憶はこれから作られるらしい、鍛冶屋の魔法だ。」――「記憶も機械も鍛冶屋次第か?また戦争狂でなければいい。」パロミデス公、――「問題はないだろう、われわれ次第だ。」ユーウェイン公は言う、――「どうせひとりでは大したことはできん、死ぬことぐらいしかな。」――大きな廊下にずらりと甲冑、この宮殿は特に用意されたドラマらしい。複雑な意匠、太陽とドラゴンが多い。――「…来た。」ガウェイン公、耳がよいのか廊下の終わり、ちらと後ろを見る。――嫌な予感?――「王の記憶はこれからだ。」ガレス公は言う、――「結局、王がなにを思い出すかによる。」

  ――大広間、さらに度を越えて複雑な意匠、それは複雑なコードだろうが、おそらく誰も読み解いたことがない。宮殿は戦の衣装のようであり、王はそれを身にまとう。――「それだから私は言ったのです。予算案を先にして、民衆の気持ちをあとにするのはナンセンスだ。」王になるはずの彼は言い、大貴族と女たちはそれを聴いている。――「ポピュリズムが盛んだったのですね?」ケイ公は言う、――「古代ローマはそれで亡びています。制度は完全に形骸化しました。結局は安食ない裁量だけが物をいいました。最後は呆れたカエサルの模倣者ばかりになりました。」――すべてご名答ではないか?推定アーサー、どうしよう?

  ――「…いえ、だからこそ、社会福祉を充実すべきだと言ったのです。」――なるほど、彼はよくできた人間?――「それで庶民院の議員をなされていた。」パーシヴァル公。――「そのとおりです。」――「その土地も、イングランドである。」ボールス公。――「はい…連合王国の、イングランドです。」――「それは西暦2025年のこと。」モーガン。――「…そのとおりです。」――続々と料理が運ばれてくる。お父さん、そういえば家族で外食の予定だった。――「異なる宇宙の歴史ですな。偉大な魔法が働いた証拠です。」マーリン、そして周囲は納得してみせた。――「…複雑だな。」広すぎる大広間の入口、ガウェイン公は彼を観ていた。

  ――若い?――「古い因縁とは先に話をしておこう。」そしてガウェイン公、踵を返す。――もうひとつ大きな空飛ぶ船、ゆっくりと湖に降りる。――「昨日から腹の具合が悪い、誰かがそう言った。」ランスロット公爵。――「緊張しているのだろう、久方ぶりの王だ。」湖の乙女、傍らにいる。――相棒?――「奇妙な喧嘩腰は病だ。」彼女は水のダイモン、水の身体が揺れる。――「真理に弱い者は、言葉にも弱い――そして挑発に乗りやすい。」――「…それはよく分かっている。」記憶のランスロット卿は彼ではない。しかし記憶は伝わっている。――「鍛冶屋が巧くやってくれている、記憶を導くのは快楽だ。」乙女は説得しているのか?

  嘘つき?――「霊的な預言の言葉は偽りの山、それでよいなら、それでもよい。そして皆の意見がいつも重要だ。」ランスロット公、そして乙女は疲れた。――「王にはひとまず従ったほうがよいと思う。分かるときには分かる。王に力量がないのなら、そのときは終わりだ。」ダイモンは言う、――「余計なことを気にするな。」――宮殿の闇、そのなか。――「待ち構えているのは誰か?」ランスロット公、――「宮殿だ、決まっている。」ガウェイン公、ぶっきらぼうに言う。――「戦争はもう誤魔化しにはならん。」――「この私は彼と争っていない。」――「記憶はしかし厄介だ。皆も気を遣う。まさかこうなるとは思わなかった。」

  ランスロット公は白髪の老人、ガウェイン公は灰色髪の年長者、代替わりはそれぞれだが、記憶はかなりハッキリ伝わる。――彼らは悲惨な内戦をした。――「覇権国は消滅した。誰の詐欺によるかはこれから分かることだ。戦が必要なら、王にはいてもらったほうがよい。王はわれわれの剣だが、われわれが休むには、いかほどか高いものだからだ。」老人、――「なるほど、浪費というわけだな?」年長者、――「サーヴィスという。」そしてふたりは大広間へ入る。――それは物騒な景色、完全武装の円卓の騎士が集う。――「十字軍は皇帝陛下を疲弊させる。われわれはできればなにもしたくない。」ランスロット公、推定王はすぐ眼についた。

  ――商人?――「しかし民の事情というものがある。」ガウェイン公、一応の台詞。――「それは胃のお話だ。」ランスロット公、――「よく分からない信仰を撒いて自らの首を絞めるのは、もちろん愚かなことだ。ファンタシーのなかを生きても、減るものは厳と減る。」――王?彼は気さくなのか、洒落を飛ばしたようだ。――周囲は形式的に軽く笑う。――「風変わりな王だ。しかし必要はまったく別のところからやって来る。お前の言ったとおりになる。」ガウェイン公、言ってみただけ?――「そうだ、そうなればそうなる。」ランスロット公、少しばかり笑いがもれた。――そして宴の準備は整いつつある。伝説の剣は引きぬかれるだろう。

  ――荘厳な宮殿、嘘はつきっ放しでよいに違いない。戦士の会話は妄りがましくあってはならないだろう。戦争が起源であり、そのようにして砦や都市はできた。彼らの居場所は昔から不気味なのであり、個人主義や資本主義が通常、栄える。中世の未熟な都市と道路はもちろん未熟な市場経済を組織した。彼らは乱闘の準備をしながら一応、交易をしていた。その経済はかなりの散文詩、かなりの程度、気分であり、物語といえるほどの明白な終極論ではなかった。自給自足を旨として、彼らはかなり遊んでいた。トーナメントはかなり真剣な娯楽だった可能性がある。そして騎士道ロマンスはどれもプロパガンダとして機能した。

  商業は一般にサインと科学と法制度を発達させる。猛烈な意匠の大広間は「太陽の間」と呼ばれる。――ドラゴンが集う。――「遅れました、陛下。」ランスロット公は言う、――「日頃から皆に申していることです――陛下の生命はわれわれのもの、われわれの生命はそして、陛下のものです。」年老いた大貴族、相手は若い推定王。――「…無論、そのようになるでしょう。」――「はい、」ランスロット公、おおむね理解する。――「遅れました、(わたくし)、ランスロットと申します。」――「アーサーの予定です。」――「はい。」老人はそして眼で笑っていた。――「そろそろ目配せはやめにいたしましょう。」そしてなんと!床から水の身体が現れた。

  ――「今宵は歳月を数え、永久のような宴、非道の誉れは永くは続きませぬ――剣を抜いて、それだけのこと。生産を目印に、民の慰安を寿ぎ、平和こそ栄光なれと願うのが、まことの騎士の務めです。――愚か者には、災厄のほかなにもありませぬ。」ひょっとして湖の乙女?――「…無論、そのとおりでしょう。」お父さんは驚いていた。――さて、そのように運ぶだろう。――「では、剣を。」ぶっきらぼうにガウェイン公は言った。――「無論です。」お父さん、このようなお話をどこかで読んだ。――そう、その記憶はあるのだ。しかしお父さんは同時にそのなかにいる。――どうせ夢だろう、しかしこれはあらゆる英国人の夢かもしれない。

  ――国王になるということ、そしてお父さんは、静々と玉座へ向かう…。




未来 The Future

 

  お話はどこへ行ってもよいだろう――この世界はどのようにして出来たか?それは「超新星」の爆発による――それは道徳の爆発だった。道徳的エナジーはこのようにして世界に充満している。ふたりの女が爆発から生まれ、ふたりはどうしてか「蛇」に喩えられている――そしてそのふたりは道徳が大嫌いだ。そしてこの世界の病、道徳的エナジーを消費するには平たく戦争をやればよい――それは科学的に立証されている。敗北者が増えるほど世界は退廃的になる。そしてついには「最強者」が現れ、非常の独裁政権を作るだろう――それは天地の創造に等しい。それは愉しい「立法者」の時間になる――世界を変えてやろうではないか?

  愚か者は酒を飲む。――「ちっ、」それはアリスがスイカ大根に水をやる前の日のこと、要するにその愚か者はスピーディ。――「ふん、恥さらし。」エレガンは言ってやる。するとスピーディはムッとする。――「この甲冑は使いものにならん。」――「ルーインドロップの弟子ではダメか?」――「…ダメではないが、奴ではない。」スピーディは酒を飲む。――「強力な武器が要る。」――「武器ばかりではダメだな。」エレガンは言ってやる、――「アリスは大変な努力家なのだ。」スピーディはムッとする。――「…いや、それは分かっている、あいつが「最強者」になるって言うんだろう?」――「そのとおりだ。」――女の子、ついには彼女が覇権者になる。

  それは女の夢でもある?――「あの子は自由が大好きだ、大変なことになる。」エレガンは言ってやる。そして頽落がついに天下を統べる――世界は幼稚園のようになるだろう。――「使命感で戦をする奴は少ないと思うがな。」スピーディはまた酒――と、そのふたを閉めた。――「まあ、少しぐらいなら持ってやってもいい…だが、世界は飽くまで野心だ。」しかしスピーディはなぜか自らの言葉に狼狽した。――「俺たちは…まあ、おしまいだ。俺たちはもう、単なる見てくれではない。」――あらゆる者が他者に見える?スピーディはふと、相棒のエレガンを観る。――「俺は旅に出る。」そして振りかぶり、スキットルを川へと放り投げた。

  その下流、スキットルを拾う奴。――「お、儲けた。」――運がいい?――「おい、なんだよ?」――「まあ、いいじゃないか。」ジャンは一口、――「シングルモルトだな。」ジャンは満悦、エミールはなんでもよいという顔――と、それを見つけた。――「いた。」エミールは静かに歩みよる。――それはとてもめでたいカワマスで「黄金虎マス」という。――素晴らしい虎。――「よし、1匹だ。」メスを捕まえた。今日はお祝いの日、この珍しいカワマスを神に捧げるのは古くからの風習。――「しかし結婚ってのはあれだよな、自分を牢屋に閉じ込めるようなもの?」ポケットにスキットルを突っ込んで、ジャンはまた魚を探す。――「…そんなことはない。」

  エミールは真面目?ジャンは川底を覗く。――「しかし少女趣味は…まあ、迂闊だよな?」――「だからそんなんじゃないって!」エミールは水面をたたく!――「なんで怒んだよ?」ジャンはニタニタ笑う。――「おう、いたぞ、いたいた。」そして静かに歩みよる。――「…よし、これでいい。」運よくオスだ。――「ふたりは供犠に付され、永遠のものとなるとも。」ふたりはそして川から出た。――タオル。――「お前のその指輪…気になるな?」手を拭いながらジャン。――「…これ?ああ、これか。」革ひもを通し、エミールはそれを首から下げている。――「これはアリスにやろうと思う。」――「婚約指輪?」――「違うよ。」――真面目?

  エミールは言う、――「結局、一番強いのをもっと強くしたほうがいいんだよ。」――ジョーク?――「平和のため?」――「ああ、そうだ。」エミールは手を拭う。――「俺たちは昔から仲よし、非道の道を行くときも一緒。」――「…なんだよ、それ?」――「万引きだろ?スリルと快感。」ジャンはその手のジョークが嫌い、そしてエミールはため息を吐く。――「それはもう昔のことだ。ガキのころのことだよ。」そしてクーラーボックスを担ぐ。――「俺が持とう、山道は危険だ。」ジャンは言った。――そしてエミールはコドモなのか?強い者をさらに強くする?そのようにして誰がどのように生きられる?ジャンは憂鬱、考えていた。

  森のなか、木こりは働く。――「軍船の需要が増えている。」――「ああ、知ってるよ。」――「この辺りもリゾート地ではいられなくなる。」――「…どうして?」――「エルフが来る、村長が言っていた。」エミールは言う、――「アダマス鉱だよ、掘ったらあったんだ。」エミールは指さす、かなり木を伐ったその向こう。――「へえ…それで産業用の道路か?」――知らないのか?――「まあ、カネにはなる。」エミール、――「戦争の巻き添えはごめんこうむる?」――「戦争?」エミール?――「まあ、儲かればいいほうだよ。」エミールは言う、――「胃もたれが来たら、きっと終わると思う。どこかで誰かが転ばなければならない。」

  ――「覇権者がな。」ジャンは言う、――「結局俺たちは、平和のことなんて詳しく知らない。」――と、そのときエミールはなにかを聴いた。――「…おい、待て。」エミール?――「この指輪は内なる動物を強くする。あらゆる眠れる本能、それに火をつけるんだ。」エミールはゆっくりと振り返る…草むら?――「嫌な予感?」ジャンも探す。――なにかが伝わってくる。――「…まずい。」エミール、――「まずいぞ、逃げろ!」――そしてふたりは駆けた。――それは獰猛なゴリラ熊であって、この世界では有名な動物、ウホウホと吠えながら聴いた言葉をたまに真似る。――「きゃあ~!お父さん、助けてえ!」獲物を油断させるためではない。

  転ばないだろう。――「ったく、陽気な奴だ!」発煙筒をジャンは引きぬく、――「指輪だ!」点火してぶん投げる。――「指輪?」エミールは驚く、――「早くしろ、奴らは臭いで追いかけてくる。」ジャンはいきり立っている、――「早く!」――そしてエミール、ようやく立ち止まる。――平気だろうか?それは「覇権の道具」、恐るべき力を秘めたルーインドロップの傑作だ。――「正気になれ…。」ジャンはかなり期待した。エミールは緊張していた――と、エミールが指輪をはめた途端、けむりの向こうからゴリラ熊!――「う!」喰らったのはジャンではない。エミールは腕を突きだし、その先の空間が歪む…3匹は空中で静止。

  ――奇妙な蒼い光、指輪からなにかがゴリラ熊へ流れ、エミールは少し興奮していた。――なにかが流れている…エミールは手加減をして様子を窺う。――「…やれ。」ジャンは言った。ジャンは観ていた。ジャンは観たかったのだ。――「やれよ。」エミールにもゴリラ熊の牙が気になりはじめた――それは卑しい。そしてこれはスポーツなのか?やや気が引けたがエミールは少しばかり力を入れた――するとどうだろう!ゴリラ熊の身体が少しずつ粉になっていく!3匹の身体は少しずつ砕け、粉の塊、それもまたそのなにかに沿って向こうへ流れていく。――途方もない…そして好奇心の見つめる先、エミールはあるアイデアを思い浮かべた。

  ――するとどうだろう!まばゆい光のなかゴリラ熊の身体はますます砕け、そして突風が吹いてそれは跡形もなく消え去る!――ゴリラ熊…。――「…すげえ。」ジャンは驚いた。しかしそれは観たかったものなのか?――グロテスク?――「…ひどい。」エミール――そしてそれはパワーだ。奇妙な加減を知らず、こういうことができてしまうパワーなのだ。――エミール?――「…帰ろう。」エミールはジャンに向きなおり、指輪を外す。――「俺はあいつらじゃない。」そしてポケットにそれを突っ込み、クーラーボックスを担ぐ。――「…まあね。」――それは欺瞞?しかしジャンはひとまずうなずいた。そしてふたりは静々、山道を行く。

  ふたりはヴァルハラ、その光景を観ていた。――「兄さんはあの子に関与したわけ?」フレイア、――「少しだけな。」フレイは金の杯を取る。――「最近、お酒が増えたわね?」――「皆、そうだ。」そして酒を飲む――不安?――「これは彼らが作った酒だ。あの土地はグレートウェールズの貴族のものだが、土地をもうかなり切り売りして自営農ばかりにした。自衛を促すつもりでそうしたらしい。」――「それでわたしたち?」――「そうだ、まあ、少し臆病だ。」臆病?ふたりはその言葉を少しなめた。――「しかし、ルーインドロップは厄介なものを作ってくれた。」――「ロキも恨んでいたわね。」そしてフレイアはチャンネルを変える。

  それはマンドラゴラTV、人気のテレビ局だ。――マンドラゴラは他の生命に寄生して自らの傀儡(かいらい)とする分類上「ニンジン」、それは生きている。――「それでは現地の映像です。」それはニュースショー、『アームストロング2000』。――「これがニーズヘッグですか、カトーさん?」司会はアームストロング、――「ええ、仰るとおりです。」解説はカトーさん、――「このドラゴンは大変な兵器です。これは道具であるにもかかわらず本能を持つのです。彼らは自ら動きます。ルビー本にはきちんと書かれてあるのです。――「この機械の扱いには、規律ある高度なウィザードが必要。」と。」――そしてカメラが映すのは旧覇権国。

  ――「ほう…すると智慧が足りなくてこのようになった?」アームストロング、――「そのとおりです、」カトーさんは言う、――「妄想の行動主義は必ず自滅するでしょう。間違いなく言えることは、彼らが道徳主義者だったということです。天啓の闇のなか干からびた、こう言ってはなんですが、ゴミのような連中でした。」――「…ゴミ?」――「ええ、そのとおり、道徳主義者は単なる動物です、ちょうどあのドラゴンのように。」――「なるほど…似た者同士というわけですね?」――「そうです、専制のドラゴンです。」――「なるほど…おっと、そろそろテストが始まるようですよ。」――ニュース、それはきっと娯楽なのだ。

  カメラは空飛ぶ船を映す。――「ガウェイン公、準備はよろしいですか?」明るいアームストロング、――「…もちろん。」公爵は大貴族、少しムスッとしている。――「さあ、それでは始めましょう――これがニーズヘッグだ!」――そして空飛ぶ船のお腹が開き、たくさんの家畜がバラバラと投下される…おや?――「ああ、なんとなんと、これはすごい。」――それは効率的な「捕食」の風景、黒い粘液が寄りあつまり、ちょうど太陽のプロミネンスのようにあちらこちらで跳ねる。その機械は美麗なアーチを描き、そのアーチは餌を獲る…いや、殺すだけだ。――「これが本能ですか?」司会、――「…そうかもしれません。」解説は戦慄。

  その恐ろしいプロミネンスはリズミカルに脈打つ波、あるいはまさに血管、それに呑まれた動物は血を噴いて細切れになる。竜巻のように渦巻いて無数に踊り、生命は実に整然と消えていく。――「…なんてものを作るんだ一体。」プラズマテレビの前、フレイ。――「悲惨ですわ、見るだけで吐気がする。」――面白すぎる、フレイアは言わない。――そして生命は殺戮と破壊がお好き?――「どこかの誰かが独裁者を所望しているらしい。「哲人王」だとかなんだとか、そんなことを言っているようだ。」フレイ、――「あのふたりはこの世界のことをよく知らないのです、まだ子どもなのですよ。」似ているかもしれないフレイアは言った。

  ――この世界、大きく分ければ6つの「人種」が支配的だ。神々は努力のためにか序列をつけた。上から順に、ドワーフ、エルフ、ピグマイ、人間、ゴブリン、オーク、「混血種」はいくつもあって、2種のそれには名前があることが多い――例えばゴブローク、あるいはエルフリン。人間より上の種族は耳が長く、それより下の種族は牙を持つ。ピグマイとゴブリンの背は低く、エルフとオークの背は高い。ドワーフの背は中ぐらい、そして人間の背はいろいろだ。人間は都市部に多く住み、ピグマイとゴブリンは農村部に多く住む。ドワーフは大抵、職人、エルフは大抵、戦士か祭司、さまざまなところに住む。そしてオークは草原に住む。

  ――この世界、いつの間にか出来た。言説がひどく曖昧なので、「人種」の間の衝突は(しゅん)(こく)ではない。――ファンタシーはさて、偉大な発明かもしれない。――「巧くいっているかね?」トインビー博士、――「まあまあだ。」テニスン博士は言う、――「彼は恐ろしい病気に罹っている。道徳で心気症になりはしないかと、いくらか心配する。」――「ふむ…、」――トインビー博士、それは言わずにおこう。――それで道徳主義の難問は例えば極端な科学者を生むことにある。彼らはもちろん急進過激主義者だ。彼らは神学かもしれない「科学」を弄し、ハチャメチャな決定説に恋をしていたりする。あるいはまた、で孤独を癒していたりするのだ。

  ――この世界、しかし革命は禁物らしい。――「メンテナンスは必要だ。」テニスン博士は言う、――「生命は老けたり若返ったりする。人間が老い楽を覚えないなら、またスポーツが始まる。われわれは随分と老いた。」――しかし過激派?――「そうとも言う。しかし意識は過誤が嫌いだ。それが必要ならスポーツをする。」トインビー博士は言った。――グレートブリテンの天才、彼らは人間をかなりよく弁えた。それはかなりの程度、彼らだったかもしれないが、今回もまたテストをする。――「彼らがまともな良心になれればいい。」テニスン博士は言った。高度な生命は至って保守的、そして彼らはそうかもしれない――彼らはエルフ?

  そこで娯楽が非常識なら、次のような人間はいないはずなのだ…。

未来 The Future

 

  英雄のお話は簡単だ。――「ぼくらはここにいる。」少年シグルズ、小石を置く。――「ここは港だ。」そこをマーク、――「海軍で押しよせればいい。」――楽勝だろう、少年は思っていた。――「侯爵にそのつもりはない、そんな海軍がどこにある?」レギン、――「作ってやればいい。」少年、どうしてそんなに簡単なのだ?――「ふん、そんなことできるか。」レギンはオトナだ。ファフニールはすでに倒した。霊剣グラムは健在、シグルズも同様、ふたりは疑わしい仲かもしれないが、異郷で傭兵稼業をしている。――「どうして?できるって。」少年は指輪を見せる。――「これで黄金が出来るだろ?」レギンは疑う。――「俺たちに信用があればな。」

  ここは異郷だ。――「侯爵に詳しいお話をすればいい。」少年は奇妙なネズミのスープを飲む。それはとても美味いネズミ、シグルズはお代わりをしたくなる。――「その指輪をずっと持っているのか?」――「え?」少年は眼を円くする。――「だって王さまになったときに必要じゃないか。」――少年に疑問はない。――「ファフニールはそれを持っていると死ぬと言ったんだろ?」――「そうだよ、ある意味そうなる。」少年、それは合理主義。――「ふん、なんとでも言える。」――コドモ、そうだ、コドモは夢を見ている。――「まあ、そうならないとも言えん――しかし王さまは遠い、ここは異郷だ。宗教も違うし、言葉もかなり違う。」

  ――「宗教なんかただの道具だ。」シグルズは最後まで取っておいたとても美味いネズミの肉を頬張る。――かわいい?――「…まあ、どうにもならないとは言わん。」そうだ、まわりを見ればそういう気分にもなる。――ここは異郷、そして「人種」は多様だ。ドワーフ、エルフ、人間、オーク、その他さまざまな「混血種」、分類不能、霊の化身したもの、魔術で変身したもの、グローバルミクスは実に叶っている。――まわりを見る。――「こんなにバラバラなんだから、効き目があるのは法律だけだと思うね。俺たちには立派に国を作れる。」――あどけない少年、レギンはしかし不確かな幸せを覚えた。野心はいつも簡単なのだ

  ――「地球の裏側ではナショナリズムなる運動が流行っている。」太公望は文書に眼を通す。――「仰るとおりです。」管仲は答える、――「激しく無内容ですが、住民はどうも裁量権を求めているようですね。」――「自由というやつか?」――「ええ。」宰相は一応、気を配る。そして斉の国は絶好調、英雄がふたりもいる。――「経済は好調だ。しかし政治のお話は少しズレている。」侯爵は言う、――「不届き者はもう現れている。」他国にはすでに「王」を僭称する者たちがいる――群雄割拠だ。――「秦は確かに厄介です。彼らは道徳主義者です。」――「…革命家か?」――「そのとおりです。古来のものはおそらく通用しないでしょう。」

  太公望は考えた。――「いっそのこと、その言説に乗ってみてはどうか?」――「…共和というわけですね?」実は宰相もそのことを少し考えていた。――王はもういなくてよい?――「しかし教育をしなければなりません。」――「言説を工夫すればよいのだ。」侯爵は文書の言葉を読みあげる、――「自由は天下の(みかど)、万人のもの、万人を安んずるところのもの、自由は天下を得、孤独は自由に愛される。…難解な思想だ。」それを手渡す。――「誰が書いたものですか?」――「黒龍」と書いてある。――「不気味な生命だ、なにを考えていることやら。」侯爵はお茶を飲む。――「ともあれ、世のなかは新しくなりつつある。」侯爵は知っている。

  ――「下手に逆らうのはそれこそ自然に違反する。どうにか()なし、運動をわがものとしなければならない。」侯爵は原則を語った。――しかし自由、それはどうなっている?――「消費者を増やせばいい。」シグルズは饅頭を取る。――「経済だ、味方はみんな力持ちになる。」少年は饅頭を一口…中身がないではないか?――「みんな力ばかりになる。」オトナのレギンは一応、言った。――「そうだよ、いつもはけ口を作らないとね。みんな経済のことで頭がいっぱいなんだ。」――肉をよこせ、それが少年の本音。――「ぼくらは胃に藝術を施すのさ。ぼくらは変身するんだ。」――「…ふん、あの女みたいだな?」――それは宵の明星のこと。

  レギンはスープを飲みほした。――一応満腹。――「で、酒のお話はどうする?」――「ぼくは別に要らないよ。」――「知りあいが出来た。」レギンはウィンクをする。――「たまには飲め。」――と、ここで斉のお話をもう少ししておこう。この国は王下にあったが王室が没落、だが金融勢力に圧力をかけ、同時に交易に力を入れてどうにか持っている。非対称はそのうち戦争になる。それで兵を強くしなければならず、従って教育が必要だ。それでこの国は諸国から才人を集めている。――「で、その指輪は金を作ると?」――「そのとおりだ。」レギンは案外、乗り気ではないか?――タバコもある。――「俺たちには力がある。」眼はギンギン。

  レギンは言う。――「しかし侯爵がいなければ俺たちにはなにもできん――俺たちはとても便利だ。」レギンはまたウィンクをした。シグルズは少し離れたところ、窓際で思案するふり。――「まあ、それはそうとも言える。」酒庫は言う、――「しかし鉄も金に変えるとな?」――「そうだ、陶器も金になるぞ――やってみるか?」と、レギンは酒庫の指に指輪をはめる。――「念ずるのだ…。」――疑惑?しかし酒庫はおそるおそる杯を両手に持って念ずる…――するとどうだろう!陶器が見る間に金色になる!――「おお!」それは本物らしいではないか?レギンはそして杯を指で弾く。――金属音。――「本物か?」――「そうだ。」

  ――幻覚ではない?酒庫は金の杯をまじまじ眺めた。――「これには大変な価値がある。」酒庫は言った。レギンは素早く酒庫の指から指輪を引きぬく。――「そうだ、俺たちにも価値がある、俺たちはゆとりになる――充分に、伝えておいてくれたまえ。」レギンはそして酒庫の肩を軽くたたいた。――さて、お話はどこへ行くのだろう?――「ちくしょうめ!」ウィルフォウィッツ、大いに歯噛み。――「頼みの綱はもう、アリスしかいない。」フリーズマン、もう泣きそう。――「俺たちは一体、どうしてこうなんだろうな?」ボルタン、ハンニバルのよう。――「俺たちにはきっと、哲学が足りていない。」カリストルは言った――問いかけがない?

  彼らはあるドワーク、ドワーフとオークのある相の子だ。この世界では「ユダヤ人」と呼ばれることがある。――「ちくしょうめ!」――右手はグー!――「なんてこった!どうしてぼくたちはいつもこうなんだ!」またウィルフォウィッツ、いっそうの歯噛み、大変なことが起きている。恐ろしいサラディンの帝国が彼らの眼の前、彼らの国に襲いかかっている。――「…もう手遅れだ。」フリーズマン、その名のとおり凍結(フリーズ)――見れば無数の恐ろしいドラゴンが空を飛ぶ。――「…大変なことになった。」カリストルは遠い眼をする。――そう、大変なことになった。彼らはこの世界の覇権国を崩壊させてしまった。彼らはその国の魔法科学者だった。

  その覇権国は究極の魔法ナノマシンで破壊しつくされた。住民はほとんど死んだ。――「ちくしょうめ!ここで開発していればよかったんだ!」過激派のウィルフォウィッツ、――「いや、あれは失敗作だ。エルサレムも丸呑みにしたかもしれん。」カリストル、彼らは革命主義者?――そしてドラゴンの編隊が爆弾を無数に落とし、エルサレムに火の手が上がる。そして地上を騎馬の大軍が行く。――「もうアリスしかいない。」フリーズマンは涙を流す。彼らは半端に頭がいいのか、なんというか思弁的で、一方的なお話が大好きだ。彼らは魔法科学者、あるいはまた奇術師的な祭司なのである。――「…終わった。」ボルタンはようやく認めた。

  見れば夜空に制圧を報せる華火がいくつも上がる。勝利は黄金の尾を引いて空高く上がり、爆発すると黄金の球体となる。そして消え入る隙に黄金の華を周囲に無数に咲かせた。――「美しい…。」カリストルは思わず言ってしまった。――そうだとも、美は普遍に近い。――「…覇権はあんなものだ。」ボルタンは言う、――「誰だっていつかは終わる。」しかし失敗はどうする?――「そうだとも――あきらめるな!」ウィルフォウィッツはうるさい。――「覇権!ぼくたちは奴らの覇権を破壊する!」――右手は俄然のグー!――「革命!革命!――勝つ!――勝つ!――ぼくたちは、勝つ!」――その手はナイフ!それは天を衝く。

  俄然やる気だ。――「でもぼくたちにはもうなにもない。」フリーズマン。――「そんなことはない!――覇権!ぼくたちにはアイデアがあるのだ!」ウィルフォウィッツ、それは世界を亡ぼすアイデア?――「そうだ、マリクのところへ行こう。」カリストル、――「そうだ、それが一番無難だな。」ボルタンは言った。そしてウィルフォウィッツはほくそ笑んだ。――しかしその中身はなんだろう?――「オトナになろう…あとはマリクか、アリスしかいない。」フリーズマンは言った。――そして国を失くしたボロボロの4人は荒野を歩く。彼らはなにを計画したのだろう?それは「神の計画」だったのか?そして彼らは神だったのか?

  ――翌朝、アリスはいつもどおり、ポストからたくさんの手紙を持ってくる。朝食はチェシャ猫が作ってくれるだろう。――「偉いね、アリス。」やっぱり褒めてばかりいる。――誰かの手先。――「よいしょ。」アリスは朝食前に仕事をする、それは手紙を読むこと。籠をふたつ、ゴミ箱をひとつ、アリスは椅子に腰かける。お返事をする手紙は小さめの籠、注意するそれは大きめの籠、あとはゴミ箱、そして魔法の力で封筒が宙に浮く。――次から次へ封を開け。――「昨日の夜はマムシに噛まれ、」――ポイ。――「昨日はひったくりに会いまして、」――ポイ。――「どうも配管の調子がおかしいんでございますの。」――クシャクシャ、ポイ。

  悪戯ばかり、面白いのだけ許す。――「覇権!それは気にならないか、アリス?」――ポイ。――「おかしな指輪を手に入れたんだ。」――おや?それはなんだろう?――「ぼくはピグマイ、住所を見れば大体分かると思う。」――住所?そして封筒を見ればブルターニュのとある村。――「信じられないならそれはそれだけど、この指輪はおそらくルーインドロップが作ったものだ。彼のことは知っているだろう?」――これは?事情通?――「ぼくのおじいちゃんは昔、イタリアで彼らと商売をしていたことがある。彼らがもうイタリアにいないのは知っているよね?」――そうだ、彼らの工房は悪党に破壊された。それは途方もない悪。

  その名をロキという。――「おじいちゃんが彼らにこれを託されたのか、うっかり工房から持ち帰ったのか、それについてはもう分からない。ぼくらの土地は有名な円卓の騎士の所領だから、お話はそういうことだったのかもしれない。でもこの指輪はぼくの家にずっとあった。倉庫の整理をしていてたまたま見つけただけなんだ。それで…どうすればいいかよく分からない。」奇妙な誤魔化し?それともマナー?――「でもこれはおそらく「覇権の道具」だと思う。写真をつけておく。――ぼくは君の知識と経験を頼りにしている。」――「ごはんができた。」チェシャ猫がふわふわ飛んできた。そして今日、注意すべきは1通になりそうだ。

  朝食を採っていたのはホームズ警部補。――「怪我人もおりません。」ワトソン氏は言った。――「大変な魔法だな?」――意地っぱり?警部補はソーセージを切って頬張る。新聞には昨日の事件。――「彼女はメシアかもしれません。」――ワトソンくん、腰かけたまえ。――「腰かけたまえ。」ワトソン氏はそのようにする、考えごとをしているのだな?――猟奇的変人。――「彼らはしかしどうなるのでしょう?」――「移民かね?」――「はい。」異なる時空から来た移民、彼らは一応、宿を宛がわれた。――「彼女の魔法は途方もない。」一点を凝視しながら、ホームズ警部補は言う。――なにが起きている?ワトソン氏はそのさまを観ていた。

  口を拭う――精神力を結集しているのか?――「仕事です。」女の脚が見えた。――「私かね?」――「はい。」――誰だ?そして視野に紙、警部補はそれを取る。ワトソン氏はうんざりして言う、――「彼女は強敵だ。かなりの予算が要る。」警部補はようやく顔をあげた。――「ええ、必ず出ると思います。」――思います?それは回答なのか?警部補はワトソン氏に書類を渡す。ワトソン氏はさらにうんざり。――「陛下は期待しておられますよ。」――陛下?なんだそれは?――「無論…あれほどのことをしたのだからな。」警部補は言った。しかしそれはそれほどのことなのだろうか?ともあれ7歳のアリスは指名手配されてしまった。

  ――「死人はいない、怪我人もいない。」ワトソン氏。――「しかし建物は吹き飛びました。立派な罪に当たります。幼児だろうと、神さまだろうと、いったんは捕まえませんと。」女は言った。――ともあれお話はこのようになってしまった。そしてアリスはそのころ、お庭をいじくりはじめた。新種のスイカ大根はきっと美味しく実るだろう。神々が死滅する戦争がやって来ようと、そのほかには問題がない。神々は崇拝や信仰の対象などだが、それが消えてもどうせまた生命は新種を創るだろう。生命は必要を知っており、充分なアイデアによって幸福を象るだろう。――幸福の技術は、実はそれほど難しくはないはずなのである。

  ――さて、その晴れやかな朝は過ぎゆく…。




 

未来 The Future

 

  ――乱気流のなかを行く。――「まったく、わがままな奴だ!」スピーディは怒っていた。彼はこの日のためにある神さまから馬を借りた。彼はカードで神さまに勝利した。目的はただ幼児を虐待すること。――「しかし彼女はよくできる、この前1度負けた。」エレガン、――「ふん、ふざけるな。」スピーディは大変に怒っている。――エレガンは風のダイモン、この乱気流を作っている。――「お前がなにもしなかったからだろう?」――「ふん、フェアプレイというやつだ、後腐れは作りたくない。」エレガンはエレガントである、――「お前はしかし女の子に負けた、わたしたちもそのうちバラバラだな?」――「…ふん、それはお前次第だ。」

  エレガンはこういう女だ。――「そうだ、わたしは儲かる側につく。」しかしスピーディは急いでいたので、これには答えなかった。――雲に入り、それを破れば女の子が眼に入る。時間どおり、スピーディはこうしたことを美徳と心得ている。――「ふん、小賢しい。」女の子は英雄が大嫌い――そして同時に英雄的、要するに自分以外の英雄が大嫌いだ。――女の子、彼女の名はアリスという。世界最強のミーイストであり、世界最高の平和主義者、彼女の名前を知らない者は、この世界にはほとんどいない。――「突き指、渦巻き、ぐるぐる、ごろごろ。」右手の人さし指を天に突き立て、かわいいアリスは呪文を唱える――するとどうだろう!

  おそろしく巨大なゴシックの尖塔が突き立つ!そしてどこかの巨大な建物が粉々になった。――「かわいい。」エレガンは言ってスピーディから離れる。――間違えた…アリスは思わず赤面した。――ところで彼は何者か?アリスはほんの少し考えたが、彼が勢いよく突っ込んできたので瞬間移動する。――そのころ、地上のふたりは唖然としていた。テムズ河の向こう、議会のあるウェストミンスター宮殿が粉々に破壊された。――尖塔?――「わあ、どうしよう?」エリザベスは驚いた。――誰かが死んだ?――「どうなったんだ、あのなか?」ジョージは奇妙に期待していた。しかしよくよく考えれば、大きな問題であるに違いなかった。

  あれから9年の年月が流れ、ジョージはめでたく就職し、そしてエリザベスは大学に通っていた。――「どう・しよう?」エリザベスは歯切れよく、――「いや、こんなことが昔あった。」ジョージは言う、――「夢かもしれない。」――巨大な尖塔?夢であるに決まっている――冷静になりたまえ。――「ねえ、カエルの騎士とか出てきた?」エリザベス、――「なにそれ?」ジョージ、そしてふたりは記憶を洗う。――「世界がまた亡びるんじゃないかしら?」エリザベスは不安して期待、――「天使と悪魔の争い…、」――と、不思議な人間をエリザベスは見た。――眼が真白。――「どうした?」ジョージは振り返り、そして思わず眼を見開いた。

  それはどこかで見た白い眼の男、人込みのなか、彼はふたりをちらと見た。思わせぶり眉を少し(しか)めると、ふと右手の指を鳴らす――するとどうだろう!向こうから別の空間がふたりを駆けぬける!エリザベスはまた驚いた。――「なに?」――転送されたか?しかしふたりだけではない。そしてジョージが唖然としていると、彼はそのまま光の粒子となって消える。――「おい、ここはどこだ?」誰かが言った。――「…また大冒険?」ジョージは半信半疑だった。――人間の夢は草臥れる。――「ねえ、なにあれ?」誰かが空を指さす、――「人間じゃないか?」また誰か、それは女の子だろう。――そしてようやくか、光の渦が空に巻き起こる。

  ――「ちっ、」舌打ちをしてアリスはまた瞬間移動、相手は上達したらしい。相手も少し瞬間移動するようになった。8本脚のおそらく有名な馬に乗って、スピーディは途方もないスピードで空を駆ける。――「洒落(しゃら)くせえ!」――汚い言葉、減点1、アリスはお仕置きすることにした。――「松明(たいまつ)、火の玉、海賊、ごろごろ。」――するとどうだろう!テムズ川から人の形をした火が現れ、いや次から次へと現れる!しかしスピーディはお構いなしでアリスへ突撃、ランスが近づいてくる!――「きゃあ~!」とアリス、しかしそれは合図だ。そして火の人形の大軍がアリスを護るため、スピーディに襲いかかる同時に光の渦が機能し始めた。

  ――ふっふっふっ、お前には勝ち目がないのだよ、と、アリスは不敵に笑う。――そして大量のスパークがお話を始めに戻すだろう、そしてこのお話は終わらないだろう、女の子は決定的に勝つだろう。相手は嘆くだろう――女の子はなのか?ともあれ決定的な「精神力」が結集し、そして大量の稲妻がスピーディに襲いかかる!――「うあぁ!」と、前回と同じ声、落馬したスピーディは稲妻を喰らい、また喰らい、また喰らい、また喰らう。――「うああぁぁぁぁ……。」と、この前も聞いた遠のくあの声――そしてアリスはまた完全に勝利した。そして明らかに間違いなく過剰な量の稲妻は、地上に被害をまったくもたらさないだろう。

  それは避雷針、ゴシックの尖塔に向かうから。――「…よし。」――そうだ、明らかにまったくの偶然なのだが、これは内なる天才無意識の天才の思し召しなのだと、控えめにアリスは理解する。――彼女はそして間違えると同時に間違えない。ともあれ今回もアリスは完全な勝利を収めた。――「偉いね、アリス。」空間が裂け、チェシャ猫が顔を出す、この一幕を観ていたのか?――また監視されている?――「君は偉いよ、アリス、本当に感心する。」――感心?チェシャ猫は最近、よく褒めるようになった。そしてアリスは熟慮する。チェシャ猫はゴシックの尖塔を顧みて指さす――満足?見れば眼の前、8本脚の馬がまだいる――馬…。

  馬は素知らぬ顔、――「馬!お前、追いかけなくていいのか?」アリスは聞いた。ほんの数秒前、落下するスピーディを風が運び去るのが見えた。――「…馬なんだからしゃべれないよ。」チェシャ猫、そしてアリスはうなずく。――「そっか、神さまの馬はただの馬なのね?」――納得?しかしなにを納得したのだ?――「おうち帰ろ!パンプキンパイ食~べよ!」ノリノリのアリス、しかしなにに乗るのだ?――「材料はあるのかい?」しかしお構いなし、アリスはチェシャ猫の裂いた空間をこじ開け、無理やりそこへ入っていく。――「ぼくが仕入れるのかい?」――考えたまえ。――ところでそのころ、完全武装のローランは物思いに耽っていた。

  ――それは片思い?――「神さまはいない。」オリヴィエ、――「…俺は、裏切られたのかな?」ローラン、――「だから神さまはいない。」オリヴィエは苛ついた――この狂信者…。――「危険だぞ?」この狂った男は叛逆の種、今では絶大な精神力をとある人、いやとある女神に授かっている。――軍勢は眼の前、いや後ろにもある。――「なるほど、俺たちは強くなっている、しかしミステリーはミステリーだ。」――角笛を吹け、オリヴィエは考えていた。――「どうせ俺たちは力の子どもだ。」ローランはぼそりと言う――そしてオリヴィエに嫌な予感…と、ローランの顔が見る間に紅潮する。――それは「道徳の毒」、世界を亡ぼす蛮勇の毒だ。

  ――「…もう、どうなっても知らん。」オリヴィエ、そして(さい)は投げられたらしい――また大絶叫と突進だ。――この世界、いよいよ力を増しつつある「造物主」の思し召しなのか、「道徳的エナジー」が充満しつつある。それは間違いなく憎悪のエナジー、あるいはまさに神そのものだ。――狂人や狂言師の類が増えている。――「攻囲しなくていい、このまま突っこめ。」オリヴィエの声は精神力によって皆に届く。そして傍ら、ローランの道徳的エナジーが充実し続けている。――それは「騎士の輝き」、むしろ「道徳の光で闇」か、ともあれローランは多分、相手を皆殺しにするだろう。その神々しいエナジーは、ローランの甲冑を本当に輝かせていた。

  ――本当は戦士なので、彼らは道徳というより美徳の人なのだが、ともあれ彼らはもう十字軍戦士であるらしい――なにかが違う。――「皆、後れを取るな!」オリヴィエは猿芝居、叫ぶ。――「全軍、進め!」――そしてローランはもう指揮を執れないだろう。――そうだ、ローランはランスを持って勢いよく単騎駆け、その怒りは全身を紅潮させ、「道徳的フィーバー状態」は来た。呪われた道徳的エナジーはスピードをぐんぐん上げ、まだ生きているパラディンたちは彼を追いかけ、近未来的な甲冑が光を放つ。――そして本当に真黒な雲が向こうから夜のようにやって来る!相手は宵の明星、闇の女神に拐かされた宗教の奴隷たちだ。

  ――ローランのけたたましい笑いが天地を引き裂く。――「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」狂ったローランはランスを持ってひとり大軍に突っこみ、薬物のような道徳的エナジーによって眼は閃光を解き放つ!――破門だ!そしてそう、死者のネイションは同じくらい熱狂して旧式の宗教に襲いかかった!――ネイション、それは新しい宗教である。それはひとまず分派主義だが、次には奇妙な普遍になりたがる。そしてこれはいくつものナショナリズム、いくつもの新しいカソリシズムの争いであり、現世(うつよ)はそして暗黒時代に近づいている。お話は山のようにあり、どのお話もそれぞれが「合理的」、そしてもちろん互いに辻褄など合うわけがない。

  経験則は照り映えている。暗黒時代の原則は経験主義だ。――「ハッハー!」皆が皆やぶ医者であり、患者が死んでもお構いなしだ。彼らは大胆不敵だろう。そして治療のお話はどこかへ行ってしまった。ただ目的と手段が彼らの慰安の糧となる。新しいお話は「解決」ばかりになる。現世(うつよ)は「外国人」ばかりになる。誤魔化しはふんだんに為され、結論、戦争だけが統一になる。ネイションは奇妙なよそよそしさであり、そしてすべては判然と明らかだ。「個人主義」は結末として、このような悲劇をもたらすのかもしれない。――理性、そしてローランは是が非でもという高笑い――すべては幸福な未来であり、いやそうでなければならない。

  彼らはもう決して挫けない――宗教は完成し、彼らは皆、狂戦士となっていた。眼は閃光を解き放ち、たまに稲妻を(ほとばし)らせる――それは涙ではない。あらゆる光は道を照らし、あらゆる恥知らずは可能となっている。――すべては許された!これこそ彼らの本心であり、神々は本来、こうした許しの中身だったのだ。――そして神々がどのようだったかは立ちどころよく分かる。それは例えばプラトンやエピクロスが「修正」した神々ではない。神々は明らかになんでもやる神々であり、生命の自由の立証、道徳の裏打ちでもあり、無法の行動主義者でもある。――そしてお話の軌道は消えた。ローランの軍勢は弾丸のように駆けていく。

  2万の軍勢は40万の大軍を圧している――彼らは勝利するだろう。歴史は書かれたとおりのものではない。生命の生血を吸い、どこまでも太るヴァンパイア、宗教は怒るほど弱くなりそして強くなる。生命は哀しいから預言者になった。生命は未来を思い描いた。生命は本来、自由な赤子のようである。――大爆笑の狂った赤子。――「夢を見ているのだな?」帽子屋、――「あいつらはいつもああだよ。」三月ウサギ、――「ぼくらも黙っていられない。」眠りネズミはもう眠い、――「…おかしい。」アリスは言った。―――パンプキンパイはとても上手に焼けた。とても美味しい。――「あんな奴らは普通、負ける。」アリスは分析している。

  マンドラゴラTVは各地の主要な争いを各地に伝えている。――「生命の夢が押しよせてくるんだ。」帽子屋は葉巻をふかす、――「英雄になる夢?」アリス、――「そうとも言うね、どこかへ消えてしまうなら、最後に勝鬨(かちどき)を上げようと…ふむ。」帽子屋も分析している。――「あいつらの中身は赤貧だ。」三月ウサギは言う、――「道徳は裕福な奴も貧しくする。」そしてこっくり、眠りネズミは逃避?――「そうだ、貧しい…、」と、眠りネズミはパンプキンパイにフォークを入れ、またこっくり。――貧しい?それはどういうことなのだ?アリスには分からない。道徳はやはり貧しいのだろうか?――「貧しい?」――アリスには分からない。

  アリスはいつも自分のお仕置きを道徳だと思っていたのだ。そして道徳が狂えるローランにあるとは思えなかった。――そして道徳、それがなければ怒りはない。道徳は怒りの起源であり、怒りが罪ならその起源でもある。そしてアリスの受けた教育は案外アタリだった。アリスはエレガンスを身につけなければならなかった。アリスは人前で激してはならなかった。ゲームのルールはそうなっていて、それ以外には生きる道がなかった。――「まあ、難しい。」三月ウサギ、――「…そうだ、女王はきっと怒っているよ。」帽子屋、――「…どうして?」アリス、なに喰わぬ顔、――「…だって議会を壊したじゃないか?」帽子屋は少しばかり驚いた。

  アリスは素面?――「…でも、わたしたち革命なんかしないわ。」――無法、宗教がそれをやってのけると思わないだろうか?あらゆる犯罪は道徳がやってのけるものだと思わないだろうか?無法者はしばしば酒に酔っている――それはなぜか?なにが彼らに酒を飲ませるのか?ナショナリズムに神の自由は深く関わっている。周到な教育は法則と自由、つまり不自由と自由をまったく同じものと思わせていないか?およそ不可能な両立のみが可能であり、不可能だけが自由であるような国、そのような国があるとすれば、それは覇権国だろう。そして自由は不自由であり、あれもこれも自由、そして言葉は実になんでもよいのだ。

  そしてあらかじめ結論の出ているお話など、ないに等しいのだ。




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