2020年12月25日金曜日

城~The Castle/ⅠAntinomy~1 来た途

この不幸な暮らしはいつまで続くのか?幻想はどこへ行ってしまったのか?お庭にはひとり、あるお人形のお友だちがいた。9歳のエリザベスは今日も朝から庭いじりをしていたが、それはそれは退屈、何度も描いた絵を描きなおしていた。――後ろ向き?この子はまだ幼いから未熟者が大嫌い――お父さんが大嫌い。お母さんはもういない。偽りのお母さんは面と向かって何も言わないけれど、エリザベスが何も言わないことには懸念。――独り善がりの女・・・エリザベスは彼女をそう思っていた。――つまらないのは庭いじり、何度も描いたぐるぐる巻きの太陽と大きな樹、スコップでいつも描かれるそれは、お庭の芝生をぼろ雑巾(ぞうきん)にする。

大きなお屋敷からお父さんが出てきた。――「またお絵描きか、チャールズ?」――屈辱?チャールズは飼い猫の名前だ。そのペルシャ猫は無法者、いつものお城で今日もレースのカーテンをいじくっているだろう。お手伝いのフランシスはサンマの白焼(しらや)きを彼に与えているだろう。――「わたしチャールズじゃない。」――「よく出来ているな、その絵は。」お父さんは空威張り、いつもの絵を見ていた。──(よこしま)?子どもの頭の中には何がつまっているのだ?――夢?――「果てしないなあ、チャールズ。」お父さんは言った。お父さんは娘をまだ一応、甘やかすつもりでいた。そして彼女はまたお城を描きはじめた。――絵の呪文?そのお城は「く」の字に曲がっている。

同じ絵はいつものお城のお庭にもあり、確かにあまり目立たないところに描かれ、それとなくその辺りを歩いてもよく分からないほど隠されている。彼女は描き終わるとそれをいつも踏んで隠そうとする。大事な芝生はズタズタに切り裂かれ、お父さんは少し哀しげだったが、取りあえずそのままにしておくことにしていた。――「海に行かないか、エリザベス?」お父さんは言った。――「・・・行かない。」エリザベスは言った。――「チャールズ」2回は厳しい?――「優等生になれる・・・な?」お父さんは転がっていたお帽子にポケットから取りだしたキャンディーを入れた。お父さんはそしてそのまま崖下へ下りていった。――チャールズはすねた猫・・・?

アバディーンのこのお屋敷は友人から譲りうけたものらしい。その友人は「シンガポールで外してしまった」ということを彼女は耳に入れていた。現世(うつよ)のことは彼女にはまだよく分かっていなかった。――彼女は初心(うぶ)である当たり前だ彼女はまだ9歳である。――それで彼女の視界に彼がまた入ってきたので、彼女は身構えた。――それは苦手なもの、のしのしと歩くその「男」が彼女には気に入らないのだ。茂みのからそれは現れ、何喰わぬ顔、彼女の前を横切ろうとしていた。――それは少し離れたところだ。なめられたものではないか・・・?――と、彼女はふいに空を見上げた。――曇り空、それはもちろん灰色だった。――預言者・・・?

何一つ詳しいことは分からなかったが、それが現れると雨が降るというようなことを、彼女は確かにどこかで耳に入れていたのだ。――お父さんはすぐに帰ってくるのだろうか?お父さんは確かシェリーとかいう詩人の詩集を持っている。思い浮かんだことはまったくナンセンスだったかもしれないが、ともあれ彼女は決意したのだ。彼女はスコップを手に立ち上がり、そして彼のもとへ・・・――そう!そして彼は跳ねた。それは中々の飛杼(とびひ)だった。彼女の中に歴史が生まれたのだ。――神秘、これを発見しない者は歴史を知らない。誰がそれを書くのか?ともあれ彼女はヒロインになったかもしれな・・・――と、そうだ、また彼は跳ねた。

その跳ねるものが彼女には気に入らないらしかった。のしのしと彼は歩き、そしてたまに跳ねた。彼女はスコップで八つ裂きにしたい思いに繰られ、だが(こら)えた。支配者の笑いが込み上げてきたが、彼女はそれも(こら)えた。――と、彼はまた跳ねた。彼女の小さな手をすり抜けて、何喰わぬ顔、まったく何も起きていないというような顔をして彼は・・・しかしメスかもしれなかったが、ともあれ喉を動かしていた。四つん這いになった彼女はそろそろと動いた。・・・苦手?しかし意識は嘘をつき続けていた。人間にはこの手の狂気がつきものだ。責務が、彼女をそうさせる――そしてわし!と、彼女は彼を捕まえようとしたが、彼はまた跳ねた・・・。

信じられないものを彼女は観た──支配者は何度外すのだ?彼女は自分に失望しかけていた。――そして猛獣のように眼をむいて悪魔の微笑、依怙地(いこじ)がやにわに四つん這いの彼女を突進させ――「よし!」猪のような彼女はようやく外連味(けれんみ)の彼を捕まえた。・・・雨?雨が降ったら彼が現れる、そういうことだっただろうか?ともあれ彼女は彼を捕まえ、キャンディーをポケットへ突っこみ、そしてお帽子を取ってお屋敷の中へ、洗面所で彼をきれいにしなければならな。――力ずくで彼を水浴びの刑に処し、タオルでふく。不届き者の彼は今や彼女の手の中、だが悠長に喉を動かしていた。――世の中に素晴らしいものはあまりない、しかしこれは手柄だ。

キッチンで彼女はガラス製のサラダボウルを手に入れ、さらにパウンドケーキを2つ取った。――そしてお部屋へ。それには蓋をする必要があるだろう。彼女は彼にサラダボウルを逆さにかぶせ、そして窒息しないようにパウンドケーキを机とボウルの縁の間に挟んでおいた。本棚にはリウィウスの『ローマ建国史』、そしてオクスフォードの辞書がある。彼女はそれらを取った。彼はパウンドケーキと格闘してずるずるとサラダボウルは動いたが、出られはしないようだった。勢いよく手を突っこみ、彼を取りおさえ、そして口を開けたサラダボウルの中へ彼を押し入れ、少し隙間を開けてまずリウィウス、さらにオクスフォードの辞書を載せる・・・。

――完璧な仕事ではないだろうか?ぐちゃぐちゃになったパウンドケーキはまとめてサラダボウルの中へ、そしてデスクはティッシュでふかれ、それはゴミ箱の中へ、そして窓を開けると空から・・・そうだ、何も起きない。雲間に光が少し見えた。お陽さまが傾くまでまだ時間があるようだ。・・・――蜘蛛(くも)、苦手なもう1つのものが彼女の頭に閃いた。恐ろし女郎蜘蛛(じょろうぐも)を見たのだ。それは茂みの中にいる。・・・――網、網だ。その在処はよく知っている。要するに納屋だ。納屋にはしかし(ねずみ)がいるはずだ。しかしそれは怖くはない・・・いや、怖いものなどもはやない。人間の意識は過剰を期待して、こういう計画を人に練らせるのだ。――闘わせよう・・・。

納屋の扉は開かれ、彼女は網を手に入れた。淑やかに彼女は茂みへ向かい、赤と黒と黄色のあいつを捕まえるのだ。キッチンのトングの場所は分かっていた。トングでそれを捕まえれば・・・よかったのではないか?ともあれ過剰な彼女はそれに気づけばまだよいほうだった。――彼女にはよく分からない・・・いや、そういうふりを彼女はよくする。絵の場所を確認して、大凡(おおよそ)の見当をつけ、彼女はもう一度茂みの中へ・・・恐ろしいか?何が?――人が?そして彼女はあいつを見つけた。――するとどうだろう!あいつは(せみ)を食べている!――パキリと何か音がした。彼女――そうだ彼女だろう、彼女、お食事をしているのだ。――彼女・・・。

ひょっとしてだが、「ジェンダー」は思いこみの所産かもしれない。オスとメス、男と女は、それぞれ二重(ふたえ)に重なるものだ。世の中にゲイはもう山のようにいる──人間の知識の往来がそうさせたのではないだろうか?自由がそうさせたのかもしれない。自由は人の基本を換えてしまい、「ジェンダー」までもそうさせているのではないだろうか?――ところで彼女、エリザベスは彼女、女王のような彼女をトングで捕まえた。お食事中の不意打ちはひょっとして騎士道に違反するかもしれなかった。彼とは一応、正式に格闘したが、今回は中々卑怯なことをした。――ともあれこれは結果論だった。あるいはまた終極論・・・いや、哲学はやめておこう。

それはすべて胃のお話だろうから、煎じつめても結論はもう出ているのである。彼女はまた急いでお部屋に戻った。――するとどうだろう!彼がいない!何という・・・ふむ、そうだ、エリザベスは落ちつかなければならなかった。中々の力持ちだ。リウィウスとオクスフォードを両方とも押しのけて、彼は逃げたのだ。それとも隙間が大きすぎたのか?ともあれトングもろとも彼女は打ち捨てられた。まっさきにベッドの下を彼女は覗き・・・いない。――窓?この高さから飛びおりるだろうか?――そうだ、扉は閉まっていただろうか?――そうだ・・・記憶は彼女を興奮させていた。彼女は扉を開けたままだった。――お人好し?成果をすぐ逃がすとは・・・。

それでこのプロジェクトはもう終わってしまいそうだった。(むな)しさが懐から何かをむしり取るのだった。そしていつものように睡魔が襲いかかってきた。彼女の失意をどうにかして除こうと、おそらくは幸福の神さまがそうしてくれるのだ。人間の内なる機械は神さまによく似ていた。それは何事か絶対的な営力を持つ。しかし権力と意志の世界を生きるには彼女はまだそれほど餓えてはいなかった。欲望の権化になるには餓えが必要である。そしてエリザベスの家は極めて裕福だった。それで極めて甘やかされていたエリザベスはまたベッドに身を横たえた。彼女のことはもう忘れていた。恐怖など思い出すかぎりのもの・・・あまりに現在的に彼女は生きていた。

うっとりとして空想的なヴィジョンが駆けめぐる中、彼女は深い眠りに落ちた。彼女はよく夢を見た。彼女には自分の夢が気になるのだった。――自分の夢・・・世間体を気にしてはきっと落ちつけようのないような壮大な夢が、彼女の胸には秘められていた。――それは覇権主義の夢だった。ありがちな女の子の夢だった。――夢・・・何度か見たアヒルの船長が現れ、海賊船で海へ、そして彼と彼女はまた巨大な悪魔クジラを相手に闘うのだ。巨大な波に襲いかかられても船長は何喰わぬ顔・・・そう、彼女はこの何喰わぬ顔におそろしく弱いのだった。彼女は何か参ってしまう――何喰わぬ顔・・・世間のすべてを見下ろすような、その顔・・・。

おそらくそれは彼女の顔でもあり、おそらく彼女は彼女にも魅力を観ていた。――彼女は偶像、トランスでありシグマである。赤毛の彼女はよく鏡を見た。彼女はナルシズムに・・・耽っていたが、それにしても絶対的にではなかった可能性がある。――いつかは終わるだろう、そのような冷めた意見が、彼女の身をたまに凍らせるのだ。――幼さは弱さ?いや寧ろ壊れやすさだ。過渡期(かとき)の思春期はもうすぐ、平等主義の松明(たいまつ)ももうすぐ、富をなせばその松明(たいまつ)は変わり、しくじればやがて老けそういう(さが)である。――このように人間性はかなりの程度普遍的だろう。小さなものへのこだわり人間を若返らせ、大きなものへの憧れが人間を老けこませる。

――このように、人間性は平等を求めている。知識がどう積もろうと人間には経済学がある。――そして嵐の中、角つきで眼つきの悪い奴との格闘が始まった。アヒルの船員たちとともに彼女は大砲の砲弾を運んだ。彼女は女王陛下のようだった。彼女は処女王だった。彼女は「貞潔」を貫いた。彼女はネイションだったかもしれないが、生まれ変わって殺戮(さつりく)の火となっていた。砲弾は何発も撃ちこまれ、しかしクジラは沈まなかった。船長はまだやる気だった。船員たちもほぼ同様だった。彼女は考えないことにしていた。――雲間・・・そこから光がさして、だが神さまは降りてこなかった。神々しいその場所へ向かい、さらに数発撃ちこみ、そして海を行く・・・。

神々しい光は何事かを想起させた。――アダムとイヴの物語・・・そこでイヴは光に見舞われ、生きる意志に目覚め、分別のない阿呆(あほ)の身分を離れ、ひたすらにわが道を行く・・・そして破滅する。そして無数のイヴたちの戦は始まり、今ここにいる。フェミニズムの亡霊は「人間」の亡霊で、ヒューマニズムがそれを説き、その後の飛躍を準備した。判断は人間を神のようなものに仕立てたが、どうにも収まりがつかず、闇雲な構築に励んでいる・・・それが現在の人間の姿だ。自由で同時に計画的であることは不可能かもしれない。人間の生活は人間に矛盾して、人間をよく混乱させる。その海は穏やかであることがあまりなく、人間の船を難航させる。

――終わらないかもしれない。しかし人間の歴史とはそういうものだ。人間が最後のひとりになるまで、一応それは続くだろう。未知との対話は継続され、それが終わるまで人間の歴史は終わることがない。神々しいその場所に近づき、クジラは・・・さて、沈んだかもしれない。――いや、死ねばそれは浮きあがるのではないか?彼女にはしかしよく分からなかった。そして海は途端、落ちつきを取り戻した。水面(みなも)はあまりに穏やかで、きらきらと陽の光を跳ね返すばかりだった。ゆっくりと・・・船長は葉巻の端を切り落とした。船員たちもこれに(なら)い、そして彼女もそうした。――葉巻だ。このけむりは美味(うま)いのだろう?マッチの火が灯り、それがこちらへ・・・。

――すると船体が急に傾く!ありがちではないか?――そしてこのまま破滅する。奴はまだ生きている!――まさに歴史の教科書だ。それは大口を開けていた。ローマはそれに何度も襲いかかられ、闇雲に亡びた。呑みこまれる前に1発だけ撃ちこんだが、要するにそれが最後の一撃だった。――悪魔の口の中へ・・・いや、毎度そうだったではないか?そして彼女はずるずるとクジラの中身のほうへ、一層の闇へ・・・と──そう、そこで彼女の眼が覚めた。込み上げた笑いは酒だった。そして彼女は死神のように偶像と化した記憶を洗い、いつものように脳裡に焼きつけようと欲した。――すると辺りで何か音・・・羽根つき帽子、マント、緑色の身体・・・カエル?

 

――「やあ、エリザベス・・・。」




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