2021年12月25日土曜日

王~The King/ⅠOutlaw~2ひどい不始末

 

ひどい不始末



 ニールポッド博士は新しいニールの世話をしていた。──「おい、博士、そいつはまだ役に立つんだろうな?」ヴァーチャリー男爵は言った。ふたりは仲間だ。――「立つに決まっている。」ニールがひとつ壊れてしまった。――もうひとつ、実はおかしなのがいる。――「あいつは茶番をしているぞ。」そのニールはひっきりなしにムーンウォークをしている。――「ふむ、難しいな。」しかしまず眼の前のニールを直さなければならない、彼女は学生。――「あいつは性倒錯だ。なかなかの錯誤ではないか?」男爵の指さす向こう、アフロのニールは男なのに今日も化粧をしていた。――「進化だ。」遮るように言い放つと、博士は機械を動かしはじめた。

 ふたりは海賊の一味である。彼らの名は「リヴァイアサン」という。恐ろしい襲撃を繰り返し、彼らは世界の覇権を狙うつもりだ。今日はバルバル人の一味を襲撃する。――「AC‐10…、」彼女はファイルの資料を観ていた。――「初めから人間らしい名前にしてはどうか?」彼女は笑う髑髏(どくろ)の仮面をかぶり、どこかの陛下のように君臨している。―――彼女の名はスカーレット、この海賊の首領である。――「名前は便宜です。」オズワルド伯爵は言った。彼は「ぬいぐるみ病」に罹患してウサギの耳を生やしてしまった。――「その耳は便利だな、伯爵?」――「…はい。」伯爵は恥ずかしさで顔を赤らめた。――この病気、なぜ感染するのだろう?

 これはイレギュラーのレギュラー、そうであればそうである。それはどうも「空気感染」するらしい。噂によると「役立たず」に罹患して皆から愛されるようにする…ということらしい。そのウィルスは意志を持つのか?――「ええ…まあ、満足と言える研究成果ではあるでしょう。」やや退屈そう、メルケル首相は言った。この病は引きこもりやニートの類に「空気感染」して、予算を一応減らしている。――「食費はあまりかからない…病気にも強い。」レポートにはほかにもさまざまな効能が書き記されていた。――「特に重要ではない病のようです。」シュヴァイツァー博士は言った。「スマートブレイン」はとんだ災厄を残している。

 この大陸はアイロラシア大陸の西の端のちょっとした出っぱりで、膨大なクレジットの宝庫だ。――「宝島」、いつしかこの大陸はそう呼ばれるようになっていた。彼らは軍事力をすり減らし、公共投資をするでもなく、そして金持ちは善がりに善がっていた。――そのうちポピュリズムにぶちのめされるのではないか?――「彼らは無力ですからな?」シュヴァイツァー博士はやや興奮して身を乗りだした。――「ええ…まあそうでしょう。」首相。――「しかし万が一ということがあるわけで、研究は続けなければならないでしょう。」――「はい。」それは便利な病ではないか?彼らはポリティクスに懐柔されたペットのようなものでしかない。

 頭は身体ではない。――「これは一体、どういうことかね?」見積書、グラッドストン首相は言った。――「それは要するに…、」ハモンド財務相。――「財政均衡でしょう。」首相はうなずいた。この老獪(ろうかい)な紳士はなかなか正体不明だ。癇癪(かんしゃく)持ちなのか?それとも狂人?――「ところであの病はどうかね、ハモンド君?」それは自分の管轄だろうか?と、財務相は思った。――「ええ、なかなか深刻ですね。」すると首相はうなずいた。首相はなぜか長閑だ。「諸国民の春」は訪れている。アイロッパは別に混沌ではない。しかしそのほかの土地では自由を求める至って狂信的な熱病が深刻に肥大して、それこそ世界を丸呑みにしようとしているのだ。

 債券は高い。――「まあ、どうにかなる。」――おや?それはどちらの病なのだろう?財務相は思った。――「…ぬいぐるみ病は、きちんと治るのでしょうか?」財務相は確認しようとした。すると首相――なんだそれは?という顔をする。――「われわれは予算の話に決着をつけよう。」――愚問、そうだ、あの熱病は放っておかれる。それは人民の福利になるからだ。――ところでぬいぐるみ病、それはどういう病なのだろう?それはもちろんユートピアへの強い執着心が奇妙に変形したものだ。世界は混沌に帰りつつあるのに彼らは奇妙に呑気にしている。心のなかのイデアリズムがそれほど大事なのか?それはイデアの病である。

 医療費はイノヴェーションで大いに下がった。偉大なる連合王国は完全な財政均衡…いや、余剰は少し出る見込み。そして通貨は買われるだろう――どうしよう?――「教育。」首相は言った。――「どういうことでしょうか?」財務相は聞いた。するとまた――ん?という顔。――首相、ひょっとして彼は独裁者ではないだろうか?――「われわれは未来の種を蒔かねばならん。」首相。――「われわれは未来を汚してはならん。」――愚問だな?というような顔をしながら、それ以外の意見は一切ありえないという風、眼は実にひょうきんな道化のようだが、しかしなにやら説得的な、実に訴えるような輝きを放つ――遠大な老人(グランド・オールドマン)…。

 それはまったくの保守主義者?――「はい、議会に…ええ、訴えなければなりませんね?」――「無論だ。」そして首相は書類のページをめくる。――そのころ、まったく見えない航空戦艦、ヘンリー8世号の内部では出撃準備が整いつつあった。スカーレットは鋼鉄の仮面をかぶって指揮を執る。この世界には「空飛ぶ海賊(フライング・パイレーツ)」と呼ばれる一味が無数に(ひし)めいている。彼らは密貿易をし、私掠行為をし、さらには土地を襲撃している。彼らのうちのいくつかは自らの土地を持っている。彼らは諸国の暗黙の合意のもと、いくつもの土地を所有し経営している。――国際秩序は確かなのだろうか?通貨の秩序についてはまだしも確かなほうだ。

 しかし暴力は盛っている。――「準備はよいか?」緋色のジョッキージャケットを着た彼女には海賊としての自覚がない。鋼鉄の仮面は頭をすっぽり覆い、髑髏(どくろ)は歯をむいて笑う。その凶悪な仮面は今やすっかり有名だ。体形を見れば女なのだが、いくつもの声を出すことができる。――「今回のミッションは、ひとつの大きな区切りになる。」機械じみた声、彼女は言う。――「皆は実によく働いている。大きな報酬がある。」ニールたちは少しばかり泣きそうになり、そして表情はそのまま。――「南の島は大いにありだ。」皆はついに感極まって覚醒、そして表情は当然そのまま。――「健闘を、祈る。」――彼女は彼らの母親なのか?

 そしてハッチが開いて彼らは空を飛ぶ!まったく見えない彼らは勢いよく飛びだすと、ウィングスーツを開いて器用に飛行、そのまま着陸すればおそろしいスピードで大地を駆けるだろう。彼らは世界最強の名を(ほしいまま)にしている。もちろん、とある国の軍隊のメンバーなのだ。彼らはひどくスピーディに仕事を片づけ、スカーレットもよい気分、スタングレネードは多用され、彼らはなかなか平和愛好的だ。6ミリやそこらはほとんど何発喰らっても平気である。腕が千切れても彼らはまだ戦える。彼らはブレインを破壊されないなら一応、何度も復活できる。彼らは、そう、ヒューマノイドであり、最新鋭の軍事用ヒューマノイドである。

 ――戦争のため、彼らは生まれたのだ。――「素晴らしい出来だな?」ヴァーチャリー男爵は言った。――「ほら見ろ、私が完全に正しいのだ。」ニールポッド博士は言った。ふたりもまたぬいぐるみウィルスに罹患して、そのような姿形になった。ふたりは深刻にかわいらしくなった。――「さて、これが終われば休暇だな?」オズワルド伯爵は言った。伯爵はまだ段階1、さらに投与するか「空気感染」するかすれば段階は進むだろう。そして段階が進むほど身体は頑丈になり、治癒する病は増えていく。――「どこへ行くんだ?」男爵は言った。――「南の島だと言っていたがな。」オズワルド伯爵は言った。――「…エシュア島かね?」――博士…。

 博士は最も幼稚かもしれない。――「まあ、そういうこともあるかもしれん。」口ひげの伯爵は画面を観ている。戦闘はもう済んで、首領と幹部は捕まった。――「あいつらにはウィルスをくれてやる。」男爵は言った。テロ組織はヒエラルキーの猿山で、中心付近が丸ごと消えれば残りは烏合の衆となる、スカーレットはそう考えている。――「われわれは、平和を愛している。」伯爵は言った。――「彼らは荒ぶる仔犬…大人しくならなければならん。」伯爵は口ひげの理由、しかしそれは本音なのだろうか?――そしてニールたちは捕虜を連れ、ひどく静かでまったく見えないドローンに乗って帰還する。作戦はトラブルもなく終わった。

 ニールたちは仕事をすべて片づけ、密かな達成感に浸っている。――自然、自然が世界をこのようにしているのだ。無法地帯は「自由地帯」と呼ばれるようになっている。もっとも彼らの生まれた国のある教えによれば、無政府状態は無法地帯を作りはしない。この世界から法が消えることはないのであり、自然法が消えることはないのだ。そして「無法」は不自然を意味してそうだろう。――「不自然な自由地帯」。――「さて、やっつけ仕事は終わった。」陽気な男のAK‐20は言った。――「一体、いつまで続くのかしらね?」なかなかクールなAE‐62は女だ。――「ほとんど雇用のお話なんだろうがな。」呑気な大柄のAS‐16は男。

 気絶した首領のムハンマドが運ばれていく。彼らの首領は大体どれも「ムハンマド」という名前だ。――「まあ、これで休暇が手に入る。」イヤリングをした男のAC‐10。――「お前、それはやめたほうがいいと思うよ。」AS‐16。――「アピールはほどほどにしないと、わたしたちの休暇が消えてしまうわ。」AE‐62。――「でもな、俺たちにはやる気がない。」先ほど軽快に踊っていたのはこの男、AK‐20。――「これは自然だ。」――それは自由思想の影響なのではないか?―彼らは一体、いくつの作戦をこなしたのだろう?彼らは皆まだ若いのに、もうベテランと言えるだろう。「異常行動」はおそらく、半分ぐらいは計算づくで行われている。

 ――注射器でムハンマドは眼を覚ます。――奴隷?あのときおそらく、彼は感電したのだ。彼はおそらく手術台の上にいる。眼の前には丸眼鏡の面白い髪形の白衣の男、隣の手術台には女が寝ている。――ムハンマド、彼らは弱い。「文明」はさて、どこにでも適用が効くものではないのか?どうして彼らは遅れてしまうのだろう?例えば恐ろしいニール、それは「ニュー・オールマイティ」の略称だという。彼らは非常に高価な最新鋭、現代自然科学のまさに髄だ。そして彼らを制作できるのは実にひとつの国しかない――この格差は一体、なにか?――髑髏(どくろ)の彼女が来た。――「さて、交渉を始めよう。」手術台は形を変え、ムハンマドは身を起こす。

 ――「…俺たちをどうするつもりだ?」ムハンマドは言った。――「ほとんどなにもしない。」彼女は言う。――「ただかわいくなってもらう、それだけだ。」――恐ろしい笑う髑髏(どくろ)、彼女は大西洋のヒロイン、そして覇権者だ。彼らはまったく遊ばれている。ムハンマドは驚いていた。――「覚悟しろ。」ぬいぐるみのようにかわいい男の子と女の子が、豪奢な革張りのファイルと、同じくらい豪奢な革張りの小さなチェストをそれぞれ持ってきた。ファイルには雇用契約書がある。――「遊園地の園長にしてやる。」そして小さなチェストの中身は、リヴァイアサンの発行するまばゆい金貨。――「高くつくぞ?市民たるの証だ。」スカーレットは言った。

 もう彼は彼女の手下かもしれない。ふたりの子どもは不気味に笑う。――「お前らは解放奴隷だ。」彼女は言う。――「そのうち分かる。」――驚き、ムハンマドはまさにそれだった。そして呆然、羽根筆を執り、書類に一応サインをする。彼女は例外だが、リヴァイアサンの首領は大抵、17世紀の海賊風の格好をしている。彼らはメディアにもたまに顔を出し、その折には大抵、ひげ面のホワイトの仮面をかぶっている。――彼らは一体、何者か?――「道路を作り、学校を作り、病院を作る…俺たちは慈善事業家だ。」AP-7。――「遊園地も作っている。」それは効くのか?――「見かけのお話だけではどうにもなりません。」AS-16。

 ――「そうだ、人間が深ければな。」彼は大佐だ。――「投機をし、生産性を上げ、そのカネで軍事力を保つ…俺たちは、まだいけるだろう。」大佐。――「俺たちの航路は最高の価値だ。」見れば向こう、首領の彼女は子どもたちにご褒美のクッキーをあげたところ、そのクッキーを子どもたちはムハンマドにもお裾分け。――「…そして終わりだ。」大佐、この世界はどうなりつつあるのか?本国のような彼女にはきわめて牧歌的ななにかがある。悠長な天才が、彼女には身についているに違いない。強硬策に出るまでの勇気やゆとりが、彼女にはある。そして戦士が勇気を持たないなら、平和は決して保たれない――彼らは皆、理解している。

 「自由地帯」はのらくら者の住処だが、パンもなしに彼らは生きてはいけないだろう。そして宗教の阿呆はエロスに弱い。――「ゲイの彼の報告書を仕上げよう、首相は大喜びだ。」スカーレットは言った。――「人間になったということですか?」伯爵は怪訝(けげん)。――「そのとおりだ、そうとしか言いようがない。」彼女は言う。――「彼は高度だ。」そして報告書を書けということらしい。――そして彼らは本国に帰還する。彼らの本国はまだきわめて強力な帝国を経営しているのだが、自由思想の影響なのか、最近やる気がないらしい。これは大英帝国の夢かもしれないが、偏に生産性の夢かもしれない。――利益…平和は利益になるのか?

 

 ――ともあれ恐ろしい航空戦艦、ヘンリー8世号は行く…。



王~The King/ⅠOutlaw~3平和?

 

平和?

 

 平和は続いているのだろうか?世界各地、争いごとは絶えていない。「完全な平和」は覇権による平和だ――それは国内の平和と変わらない。過激な価値感傷を誰もが捨て、平和と労働のために誰もが邁進まいしんすること、それは国内であり、少なくともその通常だ。ともあれ平和は何種類かあるらしく、バランス・オブ・パワーというのもそれに数えられている。共和国の平和はどちらかといえばこれに近い。帝国はあからさまな覇権によるきわめて指令的な平和を構築する――そして共和国はそうではない。そして人々は帝国とバランス・オブ・パワーを混同していないか?欧州19世紀の平和は共和国の平和に近く、実に諸帝国のそれだった。

 最も強力な大英帝国の名によって、「パクス・ブリタニカ」という時間はしばしば描かれている。その時間、あらゆる通貨は事実上、ポンドに連結していた。ポンドの信用が開発を大いに担保していたのであり、それなしにはおよそ誰もが生活できなかったのだ。そして大袈裟(おおげさ)に書いても当時の平和はこの程度のものだった。そして今でも人々はこの程度の平和を好んでいる。しかしどのようにしてこの程度の平和は崩壊するのか?ウィーン体制はクリミア戦争でその形式主義を崩壊させ、そしてビスマルクの活躍によってその主観性を喪失した。それはまず誰にとっても付きあいにくいものとなり、ついには誰も付きあおうとしなくなった。

 あらゆる平和は当初、アイデアだ。信号機があれば交通事故が完全に消えてなくなるかといえば、そうとはいえない。しかしそれがないなら非常に不便であり、こうした信号機は覇権に類している。覇権の再現はほかには例えば法規である。ある者に制裁を加え、またある者を放置する――覇権はこうした判断の指標として機能する。共和国の覇権は一応、誰のものでもないという意味においてパブリックだ。アウグストゥスが登場し、ローマは確かに誰かの覇権と言えそうなものを現してしまった。しかし結局、ローマの文化にそれは合わなかったのではないか?そしてこうしたローマの文化を大なり小なり継承したのが欧州諸国だ。

 ローマの文化には結局、誰かの覇権という概念が乏しいか、あるいはまたないのである。そのようなことは誰の頭にも少なくとも浮かびにくいのだ。こういう次第で欧州諸国は自由だが、それは共和国の民のようにそうである。そして共和国の人間性は薄い。共和国はヒューマニズムの国というより啓蒙の国である。例えばアメリカ合衆国は明らかに啓蒙の国であり、人間性に欠けた振る舞いをよくする。それは自由主義の玉手箱であり、無責任の巣窟だが、一種の気楽さであり、過度を振り払う勇気でもあるのだろう。アメリカ合衆国は多くの点でジョージ・ワシントンに似ている。――そしてジョージ、彼はなにをしているのか?

 それはカシミール地方のどこかかもしれない。野原には不思議な花々、それは光を反射してたびたび色を変える。向かえば美しい蒼空、8人のニンフは空を飛び、彼をまた(かどわ)かしている。――「大冒険ですよ、ジョージ?」また耳元でひとりがささやく。翼はないがフェアリーのようだ。――「…面倒だな。」ジョージは言ってみた。フェアリーは驚いている。――「そんなことは言っていられません。夢を生きるというのは至難の業なのです。」それは非常にコミカルになるに違いない。――「誰もが夢を見ているのです。」それはパンドラの(かめ)によく似ていないか?――「…俺にもなんか、そんな気がしていたけど。」ジョージは深く考えた。

 澄みわたる空は美しく、山麓は影を持たない。昼間はこのように映え、夜はまた憂鬱、夢は奇妙な恋をしている。――「この辺りには誰もいないと思う?」フェアリーは言った。ジョージは辺りを見まわす。――「彼。」指さす向こう、彼とは自室の扉のことだ。――「彼…?そうなったら不思議ですね?」驚いて彼は彼を観た。――「変なこと言わないでよ。」――「変?」フェアリーはおかしげ。――「これは夢なのですよ、ジョージ?」ジョージは怪訝(けげん)、また扉を観る。――「…じゃあ、もう帰るよ。」不機嫌になったのか、ジョージは踵を返してみた。不思議な花々は色を変え、風は心地好く、ここはとてもよいところだ。大見栄を張る理由はない。

 扉が近づかないことにジョージは気づいた。――嫌な予感、じっくりと扉を観ながら歩みを進めると…おや、扉に短い脚が生えた。それはそろそろと後ずさり…そこで平和な彼は少しずつ獰猛な牛のようになる。――そして瞬間、彼はダッシュを始めた。皮肉か世間は呑気な者を好まない。扉はついに振り返り大急ぎで駆け、ジャンプをするとトランスフォーム!背中にノズルが迫りだし、ジェットの力で扉は大空を翔けていく…なぜ、夢は不確かな不条理を描くのか?――「ほら、言ったじゃありませんか?」彼女はしたり顔で笑う。振り返ればニンフが花弁をむしって遊んでいる。――夢…それはあまりに呑気ではないか?

 ――夢。――「それで俺はどうすればいい?」――懸念、ニンフは首を傾げる。――「これはあなたの夢でもあるのですよ、ジョージ?」相変わらず全裸のニンフ、花弁でジョージを煽り、眼の前でなんということもないという顔をしている。――「それは叶うわけだ。」――「時々叶う。」この子どもらしさに欠けた子どもがニンフにはなにか気に入らない。警戒心の塊で、非常に疑り深く、科学とプライドのほかには頭にないかのようにも見える。――「とても大きな墓が観える…廃墟だ。」彼は頭に閃いたものを述べた。――「ええ、この世界のどこかにあるかも知れませんね?」ニンフは言った。――そこでは殺戮(さつりく)と狂気がまかり通っている…。

 鏡のような湖は目前、山影を映していた。辺りがふと暗くなったような気がした。――ニンフ…姿がどこにもない。そして辺りを見まわすとありそうなものが眼に入る――それはよくあるお話だ。大きなトカゲが何匹も涼しい顔、のそのそと彼を目掛けて歩いてくる。彼は事態を察した。――そうだ、そして夢のなかではありそうなことをしてやろう。ここは夢のなかなのだから、誰もが欲するように生きている。トカゲたちはそして駆けてきた。なかなか足が速い。そして驚いた彼はおもむろ駆けだしそのまま勢いをつけ、あるいはまた悪戯(いたずら)半分、あるいはまた病気のように覚醒してジャンプ!彼はついになんの躊躇(ちゅうちょ)もなく湖に飛びこんだ。

 ――今や古典のインディ・ジョーンズ?――「…お目覚めですな、陛下?」岸には鳥人間がいる。燕尾服を着てトップハットをかぶっている。――「陛下?」ずぶ濡れの「陛下」は岸に上がった。服を着て泳ぐのはおそろしく草臥(くたび)れる。よく溺れなかったものだ。――「これは映画じゃないの?」――「映画?なんですか、それは?」ジョージは辺りを見まわす。――「これだよ。」ジョージは服を絞る。――「これ?」鳥人間は後ろ腰、手を組み、物事を洗う。――「ある意味、すべて夢でしょうな?」鳥人間は懐中時計を取りだした。――「もうすぐ海賊船が来ます、乗るのが上等かと。」――「…乗る?」ジョージはまだ服を絞っている。

 ――「どうやって乗るの?」鳥人間は涼しい顔。――「はい、捕まればよろしいかと。」向こうで茂みが動いた。ジョージはそれをふと観る。――「倒すのが結構ですな。」鳥人間は懐から45口径を取りだし、それをジョージに渡す。それから羽根のような葉っぱのようなものを取りだす。――「世のなかに魔法はゴマンとあります。」その羽根のような葉っぱのようなものを振ると、トカゲは少し大人しくなる。――「あまり効かないのですがね。」しかし大人しい。――「それでいいじゃないか。」ジョージはそして45口径を返す。――「振りながら歩こう。」そういうことらしい。――そして彼は茂みを割いて歩き、鳥人間はそれについて行く。

 ――彼が「世界の王」?――「世のなかに敵はゴマンとあるのです。」――「味方も多い。」――「話し合いは埒が明かなくなることが多いのです。」――「それは交渉の中身にもよる。」――「敵性の物体は願望の塊です。」――「銃器は脅しに使うものだ。」――この男…ポリティクスを心得ているのか?森を出るとまた野原、カシミール地方の厳密な転写ではないだろう。トカゲは10匹ほどいて、ふたりに大人しくついてきた。――しばらくして海賊船が上空で争いはじめた。――「有名な海賊です。」鳥人間は空を見上げた。――海賊、彼の名はジョージ・ゴールドという。――「やれ。」――そして恐ろしいレールガンは大きな船の尾翼を砕く!

 緊急事態を察知した船は大いに速度を下げ、さらに高度を下げはじめた。すぐさま巨大な鎖のついた巨大な(もり)いくつか撃ちこまれ、それは船体にリンクする。さらにワイヤーのついた鋭い(もり)いくつも撃ちこまれ、ガスマスクの野郎どもがそれを滑っていく。――恐ろしい奇声を上げて恐れ知らず海賊ども、彼らは船体にへばりつくとそれを上りはじめた。――「おい。」チャッピーは言。――「この前のことは水に流せ。」ウィッピーは嫌そうな。――「その身体を買ってくれたのはジョージだ。」ふたりはかなりのサイボーグ、彼らは高い。マグネットのついた手袋をはめた彼らはそろそろと這い、コクピット付近の扉を爆破する。

 それは民間の輸送船で護衛用に人型オートマトンを積んでいる。ひとりのヒューマノイドが彼らをハックする。――「早くしなよ。」スタングレネードに催涙弾、海賊たちは機敏、船は危機を察知してオートパイロットに切りかわったが、操縦士たちはマニュアル操作にまた切りかえ、どこかへ向かおうとする。――「おい!」チャッピーは扉を叩く。――「ジョージ・ゴールド!ひどく寛容!」扉はまだ開かない。――「ふん。」ウィッピーは扉に爆弾を仕掛ける――そして爆発!――「う!」とウィッピーは9ミリを喰らったが平気だった。――脚を撃つ!――「大人しくしてりゃいいんだ。」チャッピーは言う。そしてふたりはふたりを縛る。

 ――「な、いい奴だろ?」そして船体を起こし、どうにか着陸するだろう。チャッピーはもうベテランだ。ウィッピーの合金製の胸板にめり込んだ9ミリは重大。――「親方はきちんと休暇をくれるが、いいかお前、先のことは考えろ。」ガスマスクを外し、チャッピーはウィンクをした。――2隻の船がゆっくりと野原に降りてくる。――「お見事ですな?」鳥人間は言う。――「誰もがしたいことなのです。」ジョージは奇妙に納得した。――大冒険、それは夢ばかり、しかし大枚を稼げることがたまにはあるのだ。そして海賊は大急ぎで仕事をしている。トカゲはすっかり懐いた。――「そのトカゲは高値で売れます、かなりの珍味です。」

 言う間にひとりの男が近寄ってくる。――「誰だ、お前ら?」彼は一応、拳銃を持っている。――その右腕と左脚は黄金の機械、ジョージ・ゴールド。――「サイナの奴らじゃないな?」彼は疑っている。トカゲの懐いた少年?――「ルーシャの者でもありません。」鳥人間は言った。――「よく分かる…お前についてはな。」ジョージ・ゴールドは昔、とある国の海軍中将だった。――「こちらは世界の王です。エイシャ島の場所をよく知る。」――エイシャ島、それは「エシュア島」とか「エシャ島」などと呼ばれることもある秘密の島だ。――「…それは面白い。証拠は?」船長は言った。――「これをお持ちですね?」鳥人間は懐中時計を取りだす。

 ジョージはそれを見せる。――「俺は迷信を信じない。」船長はしかし興味を持っている。――どうも「宇宙人」の襲撃がある。彼らは「記憶のない宇宙人」をその前に送りこむという。鳥人間は悟りきったのか、葉巻を取りだした。カッターで吸い口を切り、ジョージにそれを渡す。――「これはなに?」――「友好の印です。」自分の分も用意して、高価なターボライターに火がつく。――「ふん。」ジョージ・ゴールドも同様のマナー、右手の親指と人さし指がカッター、人さし指はターボライターでもある。――「まあ、いい、話ぐらい聴いてやろう。」彼らはどうも招かれた。――「そのトカゲを寄こせ。」そしてジョージ・ゴールドは踵を返した。

 ――「参りましょう。」輸送船のなか、積み荷はほとんど家電製品、たまに高価な植物がある。バイオテクノロジーで生まれた夢の花々、そしてステファニーは目当てのそれを見つけた。――「いたわ。」黒塗りのコンテナの前、間違いなくこのなかにいる。――「しかし気まぐれな役人がいるものだな?」操縦士のジョニーは言った。――コンテナを開けると檻、そのなかに少女。――「まあ、新しいものはいろいろと役に立つ。」彼は特殊な合金製のカッターを取りだした。――「絶望の絶壁かもしれない。」――「それが役に立つの?」――「そうだろう?」火花は散って格子は切り落とされた。正味を問えば盗られたものを盗り返すだけだ。

 彼女は椅子に腰かけている。合金製の手枷と足枷、胴体はラバー製のバンドできつく締められ、スリープ状態にある。――彼女は最新鋭のヒューマノイド。――「KHT6000。」ジョニーは言った。――「毎度のことね?」ステファニーは彼女のあごに指をかけ、それを引き上げ彼女の顔を観た。――「愛玩用?」――「さあね。」そして手枷と足枷は丁寧にカッターで切られた。――そして力づく!ステファニーはバンドを裂く。――輸送船から出ると、チャッピーたちがトカゲを撃ち抜いたところ、彼らはゲラゲラ笑っていた。ジョニーは彼女を抱きかかえ、ステファニーは涼しい顔。――「いい気なものよ。」ステファニーは言った。

 

 ――「人間の胃は、まあ、ワイルドだからな。」操縦士は言った。



王~The King/ⅠOutlaw~4死亡

 

死亡



 ――紫色の松明、それは画像の乱れだ。ひとりの少年、大喜びで走る。その向こう、老婦人がひとり、金髪の少女がひとり。老婦人は黒服…家庭教師のようだ。そして少女は軍服…将校だろうか?――野原で少年は遊ぶ。老婦人の手には1冊の書物、少女は後ろ腰、手を組み、なにやら監視者。ふと少年は屈んで山百合の花をつむ。少年は大喜び、愛らしい笑顔は誰からも愛されそう。そして少女の軍服には勲章がいくつか…と、少女は空を仰ぎ見た。少年はそして振り返る…するとその顔は驚き、あるいはまた凍え、そしてその眼はゆっくりと見開かれた。…――少女、彼女は起きた。視界にいくつもの字面、彼女はすべて無視する。

 ――彼女、どこにいるのだ?室内はかなり清潔、システムにエラーはない。侵入は一度だけ、しかしなにも盗まれていないと言える。「もうひとり」が機能していたのだ。嫌な奴だが、ともあれ彼女は身を起こす。もう一度辺りを見まわし、カメラとマイクとスピーカーがひとつずつ。――聴覚を発達させるとなにかが聴こえる。――「だから、俺は言ってんだろ?」――「そんなこと言ってもあなた、仕事じゃないの?」男と女だ。「もうひとり」は記録してしまう。――さらに別。――「だから牛より高えのは、こいつが獰猛だからだ。」――「獰猛だからなんでも高えってわけじゃねえだろう?」どうでもよいお話らしい、しかし「彼女」は記憶する。

 ――「いや、だから俺が言いてえのは、リスクってことだよ。」――「いや違うね、これは味だ。」男がふたり、あとからもうひとり男。――そして視界の字面がオレンジから赤に変わる。「警告」のサイン。――「侵入しろ。」声がする。――「データを獲得しろ。」それほどの大事ではないだろう。――「今はまだしない。」彼女は脳裡、答えた。このやり取りも記録される。――「彼女」…それは獰猛な狼だ。「深刻な危機」が訪れないかぎりエゴは交替しない。普段は彼女が主導権を握っている――政治家と「軍人」。――「…あれ、侵入しないわね?」また聴こえた。なにかついているのか?システムをもう一度チェックする…特に問題はない。

 ――「だから、いいんだって、放っとけよ。」男の声。――「俺たちはトモダチなんだから。」――「え?」女のほうは抜け目がない。そして彼女は少し笑いそうになった。――ヒューマノイド、それは進化する。――誰かが扉をノック。――「…ねえ、起きた?」――男の子、それは扉の向こうにいる。人間だ。彼女は扉に近づく――「起きたわ。」――「うん…あのね、親方があとでお話ししようって。」――「…親方?」――「この船の船長だよ。」――船、体感から類比できたはずだ。振り返ると窓がある…気づかないということはなかったはずだ。――「分かった。」――「もうすぐコルカトだから。」そして彼は遠ざかっていく……彼はどんな人?

 ――ふと、彼女は扉を開けた。彼は振り向いて彼女を見る。――「ああ、よかった。」振り向いた彼、どこかで見たか?――「俺はジョージ。」――「わたし…はアンナ。」ふたりは同い年ぐらいか?背は彼のほうが少し高い。――「無事でよかった。」彼は言った。そして奇妙な作り笑い、そして去っていく…なんだ?そして自室へ戻るとまぼろしのよう、情報処理に手間取っているのか?窓の向こうは夜の景色だ。近寄って見れば雲の上を航行している。衛星に狙われやすい。強力な後立てでもあるのだろうか?――ハッキリと月が観える…彼女はそれを眺め、なにかを思い出した。彼女は製造後の記憶をかなり正確に整理しているはずだった。

 ――しかし確証は?ともあれ情報処理は滑らかではない。――時間を少し(さかのぼ)ろう。鳥人間の名はナンダという。――「申し遅れました。(わたくし)、こういうものです。」彼は名刺を出した。彼はコルカト大学の教授専攻は考古学。――「どうも。」ジョージは涼しい顔でそれを受けとる。――「この世界はひどく苦しいことになっており、世界の王を待ちわびているのです。」――疑わしさしかしナンダは彼に出逢った。4週間ほど前、不思議な男がその情報を報せに来た。彼は半信半疑だったが、奇妙な道徳心やあるいはまた好奇心から、結局そのプランに乗ってしまった。――「世界の王。」ジョージは反芻(はんすう)し、なにか虫の居所が悪い。

 手下が扉を開け、リビングにジョージ・ゴールドがやって来た。淑やかなリビングはきわめて古風、彼もまたほぼ同様、右腕と左脚は機械、パイレーツコートに飾り帯、さらにあのトリコーンを身につけている。――「遅れたな?」ふたりは長椅子から立ち上がり、一応(こうべ)たれる。――「ふむまあ、楽にしてよい。」お紅茶は上々だ。ふたりはまた腰かける。――船長は世界地図を広げる。――「エシュア島の場所は分かっておらん。」船長は語る。――「恋人との物語はまあ、なきにしもあらずだ。奴が医者だったのも、確かに事実らしい。」船長はそれとなくふたりの様子を(うかが)っている。――「しかしどんな宝だろうな?」

 船長はそれを知りたいのだ。――「おそらくワクチンでしょう。」考古学者は言った。――「恋人を殺したウィルスは今から3000年と少し前、この惑星の多くの民を亡ぼしています。」考古学者は考えている。――「そうでなくても、ウィルスでしょう。」――「ふむ…まあ、それは分かるがな。」しかしそれはカネになるのか?船長はその可能性も考えていたが。――「宇宙人というのは…あ、あり得ないだろうな?」――あ、考古学者は聴きもらさない。――「宇宙人は見つかっておりません。宇宙船も…ないようですね。」――ふむ…気になる物言い、船長は疑わしい。――「それはそうと坊主、さっきの懐中時計なんだが…。」船長は興味。

 ――「はい。」彼は懐からそれを取りだし、船長にそれを手渡す――礼儀正しい。――「ふむ…少し預かってよいかな?」――「どうぞ。」彼はそれを手下に渡した。それはまた別の手下に渡る。――「で、坊主はどこから来たのかな?」本題らしい、船長は世界地図を広げている。――「…アバディーンです。」――「アバディーン?」手下をちらと彼は見た。手下は首を傾げていた。――「それはどこにある、坊主?」ジョージは展開を読む。――「スコットランドです。」――「スコットランド?」ジョージ・ゴールドは地図を見る。――「スコットランド?」手下を見ればにやりと笑う。――「スコットランド――あっはっはっはっ。」彼らは笑ってみせた。

 ――いよいよ疑わしい、迷信や疑義になかなか弱いのが彼らだ。――「坊主、これが世界だ。」彼は世界地図を巻く。――「よく見ておけ。」それがなにを意味したかはよく分からない、ともあれ彼はジョージにそれを渡した。――「飲みものは、好きに飲んでいい。」そして船長と手下は去っていった。――世界地図を見る。――「うん…大して変わらない。」地形は同じ、海の名前は同じ、土地の名前はしかし違う。傍らそして、考古学者はいよいよおかしいと考えている。――「そう…ですな。」彼はコニャックに手を出した。彼の頭はカラスの頭だ。ジョージはどうして彼がそうなのかを知らない。この世界ではありきたりなことなのだろうか?

 翌日の昼下がり、ランドンではスカーレットがお茶を飲みお話をする。――「ヒューマノイドはヒューマニストになりつつある。」お紅茶はとても美味しい、仮面の下あごを外した彼女を客人は観ている。――「どうして?」――「言い知れぬ差別があるのだ。」緋色のジョッキージャケットは凛々(りり)しい彼女は役を演じきるつもりでいる。――「そういえば参政権認めていない国って、まだあるわね?」――「そうだ。」――「首相も言ってたわよ。」――「どういう風に?」――「提案するって。」――スカーレット、それを少し鼻で笑う。サラはお紅茶を飲む。彼女はとある公爵のだ。――「それは頼もしい意見だ。」スカーレットの位もとても高い。

 スリムな彼女はブーツを履いて脚を組み、さも怪盗…それを観ている彼女はバッスルスタイルの一応はよそ行きのドレス、19世紀終わりのコスプレ?――「国を乗っとられるかもしれないと、陛下も(いぶか)しんでいた。」――「そうね、それはそうかも。」――ふと、彼女は彼女の横顔に見蕩(みと)れた。なにやら憂苦を(はら)のか、窓の向こうをちらり髑髏(どくろ)彼女は観た。――「チェニスではたまにテロがあるアーガンほどではない。」ジャケットの上衿は黒く、そこには黄金の龍の刺繍、リヴァイアサンのバナーにもそれは使われている。――「コンシューマー・ゲーム配ってるんでしょう、あの街で?」――「そうだ、子どもたちは遊ばなければならない。

 ――政治家?確かにそれは嘘ではないかのようでもある。彼女は思いこみの激しい女だ。昔からサラは彼女を観ていたが、要するにそれはちょっとした正義なのだろう。――「転ぶかどうかって、結構運任せじゃない?」サラは休戦の葉巻を吸っている。――「どういう意味?」――「人間には誰にでも限界があるってことよ。」髑髏(どくろ)は彼女を観た。――「それは愉しい。」スカーレットは言う、それは凛々(りり)しい――本当に板についている。真剣な猿芝居は世のなかにあるのだと、サラは改めて理解した。――「でも終わるまで、終わらないわね?」――「そうだ。」スカーレットはまた窓の向こうを眺める。――「雨が降る。」彼女は魔法使いか?

 ランドン橋の近くではAP‐7が思わず買ったタブロイド紙を開いていた。昼過ぎまで彼は寝ていたのだ。――「いや、俺はちょっと用事がある。」カシュミア地方に輸送船が大破して墜落、そして噂話。――「アップデートだ…うん、軍に言われてね。」彼は通信している。――「いや、それは今、観ているよ。あいつらだろ?」――ふと、彼はなにかを耳にした。――「はあ?」聴覚を発達させる。――「いや、こっちの話だ。」主観は監視カメラのネットワークに侵入し、どうもそれらしいものが見当たる。――「事だな。」情報は処理された。ライトバンの推定重量、スピード…それはあるリスクだ。――「いや、用事だ。用事が出来た。」エコカーが来る。

 ――英雄?彼は瞬間的に判断した。これは危機なのだ。――タブロイド紙をきれいに四つ折りにすると彼は車道に出て歩き、少し足を早めた。道行く車は少し慌てた。彼を避け、そして彼は運よくエコカーの正面に駆けだす。――急ブレーキの音!そしてエコカーと人が衝突するのを通行人は観た。――しかしその人は無傷?エアバッグは運転席の男を押しつぶす。しばらくしてふたりの男が車から出てきた。AP‐7、薄らと笑う。――「お前ら、俺を人間だと思うなよ。」――素晴らしい格闘技!ではなく電流、ヒューマノイドの常套手段、彼らはひどく有能だ。しかし平等主義には手配しなければならない。ふたりはもう倒れた。

 大変に疑わしい…唖然として人々は観ていた。――「いや、大丈夫だ。」彼は通信する。前面を粉砕されたライトバン、普通の人々。――「テロだな?」襟首をつかみ、伸びている彼らを確認する。――「ロボットマンだ。」磁気で分かる。――しばらくしてゲールヤードの人型オートマトンが1機、車道を滑るように走ってきた。――「警告します。両手を上げて下さい。」その声は女、彼はそのようにする。――「データを取ってくれ。」彼は彼女に言った。――「囲まれた…いやポリスだ。」――「…了解した。」今度は男の声。――「いや、もう済んだ。」――「ひとまず出頭してくれ。」――「…いや、かなり遅れるかもしれん。」そしてポリスカーが来た。

 ――英雄?それは恐れられている。救急車が来た。――「俺たちの仕事は…まあ、早いほうなんだが。」彼はなにやら苛ついていた。――「あいつ…?ああ、どうかな?」彼は怪我人を観た。――「こいつらは信者だ、あいつは違う。」そしてポリスが彼を囲む。――「じゃあ、またあとでな。」面倒なお話だ。――そこでこの世界、テロリズムの渦巻くこの世界、さまざまな機械は街の至るところに取りつけられ、さらには相互にリンクしている。「情報の檻」は完全無欠を企図している。日常は往々、完璧主義の自然である。科学技術は高揚したので、人々の要求も同様になった。「情報の檻」は願望に即して新しい技術を開発し、そして自らを満たす。

 これは卵で鶏のお話なのだ。――「あ、雨が降ってきた。」サラは言った。――「こちらは捕まったらしい。」タブレットに送信があった。――「誰?」――「仲間だ。」彼女はヒューマノイド?――「権力に物を言わせればいいのよ。」――「…お話が先だろう。」彼女は言う。――「非常時を除き、軍属は国内のセキュリティシステムを援用してはならない。」――「…保釈金?」――「そうだといい。」スカーレットはタブレットを見つめていた。サラは真剣そうな彼女を見つめる。――髑髏(どくろ)の彼女――「不思議ね、仕事って人を魅力的にするわ。」サラは嫉妬しているのか?――「忙しいからな。」それどころではない。スカーレットは苛ついていた。

 ――この髑髏(どくろ)の魔女は世界を変える気でいるのだろうか?驚異的な統一へのおそれと野心が彼女にはともにある。――「奇妙な権威に物を言わせるのはやめにしよう。」スカーレットは言った。――「そう。」サラは小気味よく不気味に笑い、雨の打ちつける窓を観ていた。――「ねえ、アーガンにプリンセスが現れたらどうしよう?――もの凄い情報処理能力。」――「なにか知っているのか?」彼女は情報を検索していた。――「魔法よ。」――「ふむまあ耳に入れておく。」――ひょっとして懲役2年。――「大変なことになった。」――「やっぱり陛下じゃない?」サラは言った。――「それはできない。」彼女は言った。

 

さて、部隊はおしまいなのだろうか?



王~The King/ⅠOutlaw~5病毒

 

病毒


 キマイラ夫人は園芸にまで手を出すのか?――「どうにも、こうにも。」彼女は部屋を行ったり来たり。――「変装のことですか?」ヒューマノイドは言った。――「ジョージですよ。」彼女はサイボーグになった。テロリズムの餌食になりかけたのだ。コルカトの午前、彼女は向日葵ひまわりを観ている。――「あれで仮面を造りましょう。」――「はい、かしこまりました。」――彼女は億万長者だ。スカーレットのスポンサーにしてジョージ・ゴールドの友だち、彼女はコルカトの大豪邸に住む。彼女はバイオテクノロジーでなした彼女は夫とふたりで美食家のために美味しい畜類をいくつ開発し、多くのために魚の養殖を盛んにしている

 先ほどのトカゲ、ディオクレティアヌス・オオトカゲは偶然見つけた「至高の珍味」、価格は一頃よりも下がってしまった。トカゲは逃げてそこら中で繁殖し、そこら中で人に襲いかかっている。しかし捕まえればまだそこそこの値で売れるだろう。――バイオテクノロジー、しかし最も栄えたのは美容業界だ。彼女は例えば今年で86歳になるのだが、ほとんど40代に見える。それ以上若く見せることも可能だ。しかしそうするとついに威厳が損なわれてしまう。若いころに手に入らないものは結構ある。――大忙し、そして彼女は衣装も決めなければならない。お付きを連れてどこかの君主のように、お城のような豪邸を歩く。

 港ではお別れの時が近づいていた。――「坊主、達者で暮らせ。」ジョージ・ゴールドは札束を投げてやった。ジョージはそれを受けとる。――「いい夢を見ろ。」黄金の左足がガシャンと音を立て、敬礼なのか奇妙な一瞥(いちべつ)――そうだ、ジョージは「世界の王」。――「ありがとうございました。」――「グッド・ラック。」そしてジョージ・ゴールドは親指を立て、一味とともに歩いていった。――「トカゲの代金ですね。」少しがっかりしたのか、ナンダは言った。――そしてジョージ・ゴールドのロクサーヌ号は浮上する。光学偽装を備えたとても静かな船はとある国の海軍の巡洋艦を改造したもの、船体はやがてかなり、そしてまったく見えなくなった。

 そのときちょうど、お迎えの車が来た。――「では、行きましょうか?」教授は言った。――「東へ行くって言ってたね?」ジョージはまだそのお話?――「ええ。」彼は関心を持ちはじめたのか?――「サイナの船を襲うの?」――「どうでしょうね。」サイナ、それはおよそ中国のこと、そしてここはインディラというおよそインドである。――ドライバーは軽く会釈、扉を開ける。――「行きましょう、大金持ちです。」彼はもう慣れているという風、そしてふたりは車に乗った。――おそろしく静かな車はドライバーの運転技術にもよる。――「大発明家です。」彼は何度も会った。――「いい人?」――「…どうでしょうね?」

 なにを聞くのだ?――「俺さ…あの船に乗りたい。」教授はややうんざり。――「それならそう、早く言えばいいのに。」――「うん…。」――子ども、そうだ、それは標準的かもしれないが。――「これがエイシャ島の場所を報せるなら、どうしてこれを持っていかないの?」彼は懐中時計を取りだした。――「コミックのお話です。」――「コミック?」――このお話は長くなる。――「アンナ。」そのころ、ロクサーヌ号のなかではジョージ・ゴールドが甘い声を出していた。――「ちょっとお話がある。」アンナは厨房で昼食の支度をしていた。――「なんですか?」気まぐれな奴だ。――「ジョージのことを知っているか?」ジョージは言った。

 彼女はスープの味見をする。――「ジョージ・プラティナムですか?」ジョージはうなずく。――「あの本は読んだかね?」ジョージはリンゴを手に取る。――「名前だけ知っています。」――「そうか。」――嘘?彼はやや微睡(まどろ)み、そしてリンゴをかじる。彼女は大きな寸胴の蓋を閉め、エプロンで手を拭う。――「それ、まだ洗っていません。」――「大丈夫だ。」彼は言う。――「この世界を、詳しく知ろう。彼のことを、きちんと読むんだ。」――「はい。」――そのころキマイラ夫人の支度は整っていた。――「素晴らしい。」向日葵(ひまわり)の眼の仮面、衣装は黄色いドレス、水色の襞。――「まったく海を想起しますね?」――「はい。」

 彼もまた似たような仮面をつけている。彼女はそしてよく似たお帽子をかぶる。――「彼はあのコミックを読んでいるの?」お帽子にも造花の小さな向日葵(ひまわり)いくか。――「詳しくは存じません。」――「教授はほんとにお人好しね。」彼女は鏡の前、満悦している。――「よくお似合いです。」――そのころ、高級車のなかふたりは謎を解いている。――「それで行方不明になった。」――「そうです。」――「それがエシュア島?」――「エイシャ島です。」名前はしかしなんでもよい。――「400年もそれで見つかってないわけだ。」――「そうです。」ジョージ・プラティナム、彼は医学生だった。――「400年前もややアナーキーだったのです。」

 彼はスマホに彼の写真を上げた。それは恋人とふたりの写真。――「彼は海軍の大尉でした。医師の国家資格を取ったのにどうしてか海軍に入り、それも軍医にはならず、それにしても彼は出世したのです。彼は政府の密命を帯びて私掠行為に耽ることになりました。あるとき、ひとりの女性に出逢いました。インディラ人でしたが、彼は一目惚れしてしまったのです。」――「その彼が海賊?」――「ブルテンにはさまざまなコミュニティがあるのです。彼は麻薬の密売にも携わり、各地で骨董品を集め、それもまた密売していたのです。」――「オークション?」――「そうでしょうね。」スマホには彼が盗んで消えた財宝の一覧。

 彼は語る。――「彼は諸国の美術館、王侯の城や富豪の屋敷、さらには遺跡、教会や神殿や寺院や墳墓、それと思しき情報があれば要するにどこにでも忍び込み、そしてお宝を集めました。彼はかなりの富を築き、同時にグレートブルテンの王侯や富豪のネットワークに組み込まれていたのです。彼の後ろ盾は充分でした。しかしあるとき、裏切られます。」――「…それはなぜ?」――「結婚です。彼が一目惚れしたのはインディラのある重要人物の娘でした。」それはありそうなお話?――「お話にひれはいくらもついていると思うのですが、要するに彼は彼女も盗んだのです。」――「…それで逃避行?」――「まあ、そうでしょう。」

 さらに語る。――「そして彼はグレートブルテンを敵にまわしてしまいました。――まあ、あとは叙事詩か抒情詩です。」彼は盗品のひとつを拡大する。――「これは間違いなくあると思いますね。」それは古風な壺、鳥獣や草花の複雑な文様。――「大昔のサイナの皇帝の所有物です。1800年ほど昔のものでしょう。」もうひとつ、それは見事な黄金のリュトン、グリフォンを(かたど)る。――「イランの古い遺跡から出土したものです。これも挿絵にありますから多分、あるでしょう。」――「そのコミック?」――「いえ、物語のほうです。」そのデータ。――「ひょっとして自分で書いたものかもしれません。」それは『ジョージ・プラティナムの航海記』。

 大きな屋敷が見えてきた。――「400年前のベストセラーで…ええ、本当にご存じないのでしょうね?」――「全然知らない。」――ふむ…ともあれ教授は語る。――「何度も映画化されておりますし、スピンオフものと言うのですか、そういう派生物もいくつも仕上がっているのです。」――「そのコミックもそのひとつ?」――「そうです。」そして車は止まり、扉は開いた。――前庭はとても広い。――「夫人もよくご存じです。あとでお話しになるかもしれません。」教授は言った。――大変な豪邸、彼のいたアバディーンの豪邸よりはるかに大きい。――「研究所も兼ねているのです。」白衣を着た人々が行きかう。そして玄関の大きな扉が開いた。

 奇人・変人の類だろう。――「麗しく。」親切そうな彼女は言った。――「どうも、こんにちは。」ありきたりなことを彼は言った。――「この度はお招きに与り、恐悦至極にございます。」教授は恭しく言った。――これは劇なのだ。――「麗しく、わたしくし少しも忙しくありませんの、どうぞごゆるり。」彼らはそして招かれた。――同じころ、特製のボルシチは出来た。一仕事終えた海賊どもは大喰いを披露する。食堂、アンナはマイクを取る。――「おやつはあります。」――しら…ともあれ食事は進む。――「彼はそれでどうなったんだ?」外科医のリックは言った。彼は「暗闇の機関士団(エンジニアズ・イン・ダークネス)」のメンバーそれは国境なき闇医者の組織

 彼らの組織は強大である。――「親方が懐中時計を盗んだ。」チャッピーは言う。――「代わりのものを偽造してな、それを返してやったわけ。」――「ふむ…彼は要らないわけだ。」――「ほとんど迷信だと思うね。」ボルシチは美味い。――「あいつは返さないのか?」ウィッピーは黒パンをむさぼる、それは彼女。――「皇帝陛下に借りはない。」チャッピー。――「まあ、取引はあるけどな。」ウィッピー。――そして彼らはトラブルを起こしている。密売を勝手にやったのだ。――「そういえばこの前の奴隷、ちょっとまずいんじゃないか?」リックは言った。彼らは獲得した奴隷を売ってしまった。――「お前らの親方に殺されるって?」チャッピー。

 彼の名は「赤い眼の老人(レッド・アイド・オールドマン)」という。――「彼は宗教家だ。」リックは言。――「ジョージにもその手前がある。」インテリのリックはボルシチを一応堪能している。――「ふむ」ウィッピーは偉そうになりかけた。――「しかしあいつにも俺たちに借りがあるんだぜ?」――「分かっているカネは必要だからな。」彼らは非合法な手術を行っている。彼らは外科医であり、サイボーグを制作することもできる。そしてリックはおそらくだが、それを良心のすることだと考えている――「しかし彼は宗教家で、正義感が豊富だ。ヒューマノイドの人権を謳いはじめたのはまさに彼だ。彼女のことも気にしているだろう。」リックは言った。

 彼らは民主的なテロリスト、そして邪悪な政府をすべて転覆する気でいる。――「まあ、ジョージが決めることだ。」リックは言った。――船長は船長室でボルシチを堪能している。航海図は彼の眼の前、船は彼の所有で「客船」のコードを持つ。ロクサーヌ号は偉大な船だ。いったんシェムに停泊する。――「フィリアのあいつはなんと言ったかな?」ジョージは聞いた。――「警部補ですか?」ステファニーは一応、ボルシチを食べている。味を弁え、物はそのまま捨てられる。――「エミリオです。」――「そうだな、そいつだろう。仕事をしないかと言ってきた。」ジョージは少し疑い。――「いつ言ってきたんです?」――「さっきだ。」

 メールには名前がない。――「アドレス教えたんですか?」ステファニー。――「教えた。」アドレスは一致する、ジョージは言った。――「あいつは皇帝陛下のお友だちなんですよ。」ジョニー。――「ルーシャの?」ステファニー。――「そうだ、あいつらの商品をさばいている。」――ふむ…ジョージは初耳だったか?――「俺たちは皇帝陛下の手下になるかもしれません。」ジョニーは言った。複雑な懐古趣味を彼らは持っている。ルーシャとは仲が悪い。――「サイナはうるさいけどね。」ステファニーは言う。――「で、どうするんですか?」ジョージはそして航海図を眺めていた。この界隈、東エイシャの中心はシェンハイという上海だ。

 ――それは官庁街?――「輸送船を喰っていいと言っている。」ジョージは言った。――「家電はちょっと勘弁でしょう。」ジョニーは言った、率が悪い。――「臓器がかなりある。」船長は言った。――臓器、それはまだしもカネになる。沈黙はそして彼らがおおむね合意したことを意味する。古いつきあいもあるのだ。――そしてサブステイトは結局、枝葉だ。――「老人の手前もあるからな。」充分に老人のジョージは言って、独りでうなずいていた。――観念の道化として、彼らネイションは生きているのか?主権の主張はわがままばかりで、ナショナルインタレストの意味するところはしばしば、ナショナルアイデンティティだろう。

 それは単なる気分かもしれない。――「あの人たちはどうしてもわがまま。」その昼食は標準的でブルテン流、今日は日曜日なのか?――「子どもみたいでしょう?」キマイラ夫人は言った。彼女の名はメアリ・ウィラード、博士であり大富豪、バイオテクノロジーの国際的な権威だ。――「はい、冒険心の塊です。」ジョージはまた当たり障りのないことを言った。――「でもね、これ空想じゃないのよ。」彼女は言った。――「人間の夢のお話なの。人間は是非ともそれを叶えようとする。」昼間のワインは少しだけなら許されている。彼女はこれからまた働く。――「ジョージ・プラティナムをご存じ?」――彼は異世界からやってきたのだろうか?

 ありそうにないことを彼女はいくつも叶えた。――「はい、先ほど少し伺いました。」――「恋人とのお話よ。」――そのとき大きな水槽、食べもののにおいを嗅いだからか4メートルもあるオオサンショウウオが暴れ、水が少しあふれる。リモコンを操作すれば微弱な電流。――「気にしないでちょうだいね?」――「はい。」――「それで恋人のお話なの。」彼女は語る。――「彼女は夢ばかり見ていたのね。それでジョージは嫌気がさしたのに、白痴のような彼女のことが気になっていたのよ。」彼女は穏やかに言う。――「夢なの…それなのに、彼は彼女について行ったの。」ふと、夫人は少し微笑んで見せた。――「お莫迦さん。」彼女は満悦する。

 

 そして白痴の話は運ばれるのである…。



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