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ひどい不始末
ニールポッド博士は新しいニールの世話をしていた。──「おい、博士、そいつはまだ役に立つんだろうな?」ヴァーチャリー男爵は言った。ふたりは仲間だ。――「立つに決まっている。」ニールがひとつ壊れてしまった。――もうひとつ、実はおかしなのがいる。――「あいつは茶番をしているぞ。」そのニールはひっきりなしにムーンウォークをしている。――「ふむ、難しいな。」しかしまず眼の前のニールを直さなければならない、彼女は学生。――「あいつは性倒錯だ。なかなかの錯誤ではないか?」男爵の指さす向こう、アフロのニールは男なのに今日も化粧をしていた。――「進化だ。」遮るように言い放つと、博士は機械を動かしはじめた。
ふたりは海賊の一味である。彼らの名は「リヴァイアサン」という。恐ろしい襲撃を繰り返し、彼らは世界の覇権を狙うつもりだ。今日はバルバル人の一味を襲撃する。――「AC‐10…、」彼女はファイルの資料を観ていた。――「初めから人間らしい名前にしてはどうか?」彼女は笑う髑髏の仮面をかぶり、どこかの陛下のように君臨している。―――彼女の名はスカーレット、この海賊の首領である。――「名前は便宜です。」オズワルド伯爵は言った。彼は「ぬいぐるみ病」に罹患してウサギの耳を生やしてしまった。――「その耳は便利だな、伯爵?」――「…はい。」伯爵は恥ずかしさで顔を赤らめた。――この病気、なぜ感染するのだろう?
これはイレギュラーのレギュラー、そうであればそうである。それはどうも「空気感染」するらしい。噂によると「役立たず」に罹患して皆から愛されるようにする…ということらしい。そのウィルスは意志を持つのか?――「ええ…まあ、満足と言える研究成果ではあるでしょう。」やや退屈そう、メルケル首相は言った。この病は引きこもりやニートの類に「空気感染」して、予算を一応減らしている。――「食費はあまりかからない…病気にも強い。」レポートにはほかにもさまざまな効能が書き記されていた。――「特に重要ではない病のようです。」シュヴァイツァー博士は言った。「スマートブレイン」はとんだ災厄を残している。
この大陸はアイロラシア大陸の西の端のちょっとした出っぱりで、膨大なクレジットの宝庫だ。――「宝島」、いつしかこの大陸はそう呼ばれるようになっていた。彼らは軍事力をすり減らし、公共投資をするでもなく、そして金持ちは善がりに善がっていた。――そのうちポピュリズムにぶちのめされるのではないか?――「彼らは無力ですからな?」シュヴァイツァー博士はやや興奮して身を乗りだした。――「ええ…まあそうでしょう。」首相。――「しかし万が一ということがあるわけで、研究は続けなければならないでしょう。」――「はい。」それは便利な病ではないか?彼らはポリティクスに懐柔されたペットのようなものでしかない。
頭は身体ではない。――「これは一体、どういうことかね?」見積書、グラッドストン首相は言った。――「それは要するに…、」ハモンド財務相。――「財政均衡でしょう。」首相はうなずいた。この老獪な紳士はなかなか正体不明だ。癇癪持ちなのか?それとも狂人?――「ところであの病はどうかね、ハモンド君?」それは自分の管轄だろうか?と、財務相は思った。――「ええ、なかなか深刻ですね。」すると首相はうなずいた。首相はなぜか長閑だ。「諸国民の春」は訪れている。アイロッパは別に混沌ではない。しかしそのほかの土地では自由を求める至って狂信的な熱病が深刻に肥大して、それこそ世界を丸呑みにしようとしているのだ。
債券は高い。――「まあ、どうにかなる。」――おや?それはどちらの病なのだろう?財務相は思った。――「…ぬいぐるみ病は、きちんと治るのでしょうか?」財務相は確認しようとした。すると首相――なんだそれは?という顔をする。――「われわれは予算の話に決着をつけよう。」――愚問、そうだ、あの熱病は放っておかれる。それは人民の福利になるからだ。――ところでぬいぐるみ病、それはどういう病なのだろう?それはもちろんユートピアへの強い執着心が奇妙に変形したものだ。世界は混沌に帰りつつあるのに彼らは奇妙に呑気にしている。心のなかのイデアリズムがそれほど大事なのか?それはイデアの病である。
医療費はイノヴェーションで大いに下がった。偉大なる連合王国は完全な財政均衡…いや、余剰は少し出る見込み。そして通貨は買われるだろう――どうしよう?――「教育。」首相は言った。――「どういうことでしょうか?」財務相は聞いた。するとまた――ん?という顔。――首相、ひょっとして彼は独裁者ではないだろうか?――「われわれは未来の種を蒔かねばならん。」首相。――「われわれは未来を汚してはならん。」――愚問だな?というような顔をしながら、それ以外の意見は一切ありえないという風、眼は実にひょうきんな道化のようだが、しかしなにやら説得的な、実に訴えるような輝きを放つ――遠大な老人…。
それはまったくの保守主義者?――「はい、議会に…ええ、訴えなければなりませんね?」――「無論だ。」そして首相は書類のページをめくる。――そのころ、まったく見えない航空戦艦、ヘンリー8世号の内部では出撃準備が整いつつあった。スカーレットは鋼鉄の仮面をかぶって指揮を執る。この世界には「空飛ぶ海賊」と呼ばれる一味が無数に犇めいている。彼らは密貿易をし、私掠行為をし、さらには土地を襲撃している。彼らのうちのいくつかは自らの土地を持っている。彼らは諸国の暗黙の合意のもと、いくつもの土地を所有し経営している。――国際秩序は確かなのだろうか?通貨の秩序についてはまだしも確かなほうだ。
しかし暴力は盛っている。――「準備はよいか?」緋色のジョッキージャケットを着た彼女には海賊としての自覚がない。鋼鉄の仮面は頭をすっぽり覆い、髑髏は歯をむいて笑う。その凶悪な仮面は今やすっかり有名だ。体形を見れば女なのだが、いくつもの声を出すことができる。――「今回のミッションは、ひとつの大きな区切りになる。」機械じみた声、彼女は言う。――「皆は実によく働いている。大きな報酬がある。」ニールたちは少しばかり泣きそうになり、そして表情はそのまま。――「南の島は大いにありだ。」皆はついに感極まって覚醒、そして表情は当然そのまま。――「健闘を、祈る。」――彼女は彼らの母親なのか?
そしてハッチが開いて彼らは空を飛ぶ!まったく見えない彼らは勢いよく飛びだすと、ウィングスーツを開いて器用に飛行、そのまま着陸すればおそろしいスピードで大地を駆けるだろう。彼らは世界最強の名を恣にしている。もちろん、とある国の軍隊のメンバーなのだ。彼らはひどくスピーディに仕事を片づけ、スカーレットもよい気分、スタングレネードは多用され、彼らはなかなか平和愛好的だ。6ミリやそこらはほとんど何発喰らっても平気である。腕が千切れても彼らはまだ戦える。彼らはブレインを破壊されないなら一応、何度も復活できる。彼らは、そう、ヒューマノイドであり、最新鋭の軍事用ヒューマノイドである。
――戦争のため、彼らは生まれたのだ。――「素晴らしい出来だな?」ヴァーチャリー男爵は言った。――「ほら見ろ、私が完全に正しいのだ。」ニールポッド博士は言った。ふたりもまたぬいぐるみウィルスに罹患して、そのような姿形になった。ふたりは深刻にかわいらしくなった。――「さて、これが終われば休暇だな?」オズワルド伯爵は言った。伯爵はまだ段階1、さらに投与するか「空気感染」するかすれば段階は進むだろう。そして段階が進むほど身体は頑丈になり、治癒する病は増えていく。――「どこへ行くんだ?」男爵は言った。――「南の島だと言っていたがな。」オズワルド伯爵は言った。――「…エシュア島かね?」――博士…。
博士は最も幼稚かもしれない。――「まあ、そういうこともあるかもしれん。」口ひげの伯爵は画面を観ている。戦闘はもう済んで、首領と幹部は捕まった。――「あいつらにはウィルスをくれてやる。」男爵は言った。テロ組織はヒエラルキーの猿山で、中心付近が丸ごと消えれば残りは烏合の衆となる、スカーレットはそう考えている。――「われわれは、平和を愛している。」伯爵は言った。――「彼らは荒ぶる仔犬…大人しくならなければならん。」伯爵は口ひげの理由、しかしそれは本音なのだろうか?――そしてニールたちは捕虜を連れ、ひどく静かでまったく見えないドローンに乗って帰還する。作戦はトラブルもなく終わった。
ニールたちは仕事をすべて片づけ、密かな達成感に浸っている。――自然、自然が世界をこのようにしているのだ。無法地帯は「自由地帯」と呼ばれるようになっている。もっとも彼らの生まれた国のある教えによれば、無政府状態は無法地帯を作りはしない。この世界から法が消えることはないのであり、自然法が消えることはないのだ。そして「無法」は不自然を意味してそうだろう。――「不自然な自由地帯」。――「さて、やっつけ仕事は終わった。」陽気な男のAK‐20は言った。――「一体、いつまで続くのかしらね?」なかなかクールなAE‐62は女だ。――「ほとんど雇用のお話なんだろうがな。」呑気な大柄のAS‐16は男。
気絶した首領のムハンマドが運ばれていく。彼らの首領は大体どれも「ムハンマド」という名前だ。――「まあ、これで休暇が手に入る。」イヤリングをした男のAC‐10。――「お前、それはやめたほうがいいと思うよ。」AS‐16。――「アピールはほどほどにしないと、わたしたちの休暇が消えてしまうわ。」AE‐62。――「でもな、俺たちにはやる気がない。」先ほど軽快に踊っていたのはこの男、AK‐20。――「これは自然だ。」――それは自由思想の影響なのではないか?―彼らは一体、いくつの作戦をこなしたのだろう?彼らは皆まだ若いのに、もうベテランと言えるだろう。「異常行動」はおそらく、半分ぐらいは計算づくで行われている。
――注射器でムハンマドは眼を覚ます。――奴隷?あのときおそらく、彼は感電したのだ。彼はおそらく手術台の上にいる。眼の前には丸眼鏡の面白い髪形の白衣の男、隣の手術台には女が寝ている。――ムハンマド、彼らは弱い。「文明」はさて、どこにでも適用が効くものではないのか?どうして彼らは遅れてしまうのだろう?例えば恐ろしいニール、それは「ニュー・オールマイティ」の略称だという。彼らは非常に高価な最新鋭、現代自然科学のまさに髄だ。そして彼らを制作できるのは実にひとつの国しかない――この格差は一体、なにか?――髑髏の彼女が来た。――「さて、交渉を始めよう。」手術台は形を変え、ムハンマドは身を起こす。
――「…俺たちをどうするつもりだ?」ムハンマドは言った。――「ほとんどなにもしない。」彼女は言う。――「ただかわいくなってもらう、それだけだ。」――恐ろしい笑う髑髏、彼女は大西洋のヒロイン、そして覇権者だ。彼らはまったく遊ばれている。ムハンマドは驚いていた。――「覚悟しろ。」ぬいぐるみのようにかわいい男の子と女の子が、豪奢な革張りのファイルと、同じくらい豪奢な革張りの小さなチェストをそれぞれ持ってきた。ファイルには雇用契約書がある。――「遊園地の園長にしてやる。」そして小さなチェストの中身は、リヴァイアサンの発行するまばゆい金貨。――「高くつくぞ?市民たるの証だ。」スカーレットは言った。
もう彼は彼女の手下かもしれない。ふたりの子どもは不気味に笑う。――「お前らは解放奴隷だ。」彼女は言う。――「そのうち分かる。」――驚き、ムハンマドはまさにそれだった。そして呆然、羽根筆を執り、書類に一応サインをする。彼女は例外だが、リヴァイアサンの首領は大抵、17世紀の海賊風の格好をしている。彼らはメディアにもたまに顔を出し、その折には大抵、ひげ面のホワイトの仮面をかぶっている。――彼らは一体、何者か?――「道路を作り、学校を作り、病院を作る…俺たちは慈善事業家だ。」AP-7。――「遊園地も作っている。」それは効くのか?――「見かけのお話だけではどうにもなりません。」AS-16。
――「そうだ、人間が深ければな。」彼は大佐だ。――「投機をし、生産性を上げ、そのカネで軍事力を保つ…俺たちは、まだいけるだろう。」大佐。――「俺たちの航路は最高の価値だ。」見れば向こう、首領の彼女は子どもたちにご褒美のクッキーをあげたところ、そのクッキーを子どもたちはムハンマドにもお裾分け。――「…そして終わりだ。」大佐、この世界はどうなりつつあるのか?本国のような彼女にはきわめて牧歌的ななにかがある。悠長な天才が、彼女には身についているに違いない。強硬策に出るまでの勇気やゆとりが、彼女にはある。そして戦士が勇気を持たないなら、平和は決して保たれない――彼らは皆、理解している。
「自由地帯」はのらくら者の住処だが、パンもなしに彼らは生きてはいけないだろう。そして宗教の阿呆はエロスに弱い。――「ゲイの彼の報告書を仕上げよう、首相は大喜びだ。」スカーレットは言った。――「人間になったということですか?」伯爵は怪訝。――「そのとおりだ、そうとしか言いようがない。」彼女は言う。――「彼は高度だ。」そして報告書を書けということらしい。――そして彼らは本国に帰還する。彼らの本国はまだきわめて強力な帝国を経営しているのだが、自由思想の影響なのか、最近やる気がないらしい。これは大英帝国の夢かもしれないが、偏に生産性の夢かもしれない。――利益…平和は利益になるのか?
――ともあれ恐ろしい航空戦艦、ヘンリー8世号は行く…。