銀紙をくるくると巻いてそれに火をつけると、不思議な幻影が浮かび上がった。蒼の王国では魔法がお盛んだった。蒼の王国の人民は皆、閑を持てあましていた。彼らには明らかに何もすることがないようだった。『農事暦』をひもといてページをめくると、「明日の昨日」と書かれた興味深いところが見当たる。農民が持っている暦のほとんどはこの『農事暦』であって、教会の暦ではない。大魔法使いルウェリンの書いた『農事暦』は秘密の夢を記しているのだ。どうやら「ルウェリンの胤」であるらしい彼女、蒼の王国のゴマンと見せびらかし女王はそれをめくって、また銀紙に火をつけた。この銀紙は現在、キンダーガルドで最も有名な魔法使いが拵えたものだ。
彼の名はスノーフェイスという。現在は悪魔の国に住んでいるが、この銀紙を造っている彼の会社は黒の王国にある。莫大な税を黒の王国に納め、彼は実に「男爵」の称号を得ている。そして普段は悪魔の国のどこかにいるのだ。――「気になる。」葉巻をくわえたままゴマンと見せびらかし女王は言った。――「それはほとんどまやかしです。」と、ディノザ公爵は言った。――すると彼のレイピアが折れた。甲高い音を立て、折れた細身の剣身は床に身を横たえた。――沈黙・・・公爵は剣身を手に取る。――「・・・気になるのは「終わりの日」です。」女王は言った。――「ああ、それですか。しかしそれは『農事暦』の最後ではありませんよ、大丈夫です。」
公爵は言ったが気まずいようだった。――当たった・・・女王は思っていた。今日は公爵が新しい剣術とやらを披露する日だった。観ているのは女王のほかほとんど誰もいない。――「そう言えば今日は交渉人が現れる日ですね?」信じているかもしれないミュレ伯爵夫人は言った。――「そうなのです。」女王は言った。――そう、それが「明日の昨日」、すなわち今日なのだ。この預言つき『農事暦』はルウェリンがコツコツと640年分書いた。今日はその620年目に当たる。620年前の今日、この暦は始まったのだ。――「歴史家は、7割ぐらいは当たると言っておりますね?」タキネ侯爵は言った。――「そうなのです・・・気になる。」――葉巻のけむりがゆれる・・・。
そのころ黒の王国、このキンダーガルドを強固に支配していたその王国では異変が起きていた。無数のグーグー鳥が飛来して、なぜだか決まって金持ちの屋敷の屋根にとまるのだ。クラリネット侯爵夫人は嘆いていた。彼らの土地にもついに「終わりの鳥」がやってきたのだ。――「あれが伝説のグーグー鳥ですか?」――「はい。」鳥刺しのひとり、アクリルは言った。――「彼らに並の銃弾は効きません。この槍で突き刺すか、それともこの網で生け捕るかです。」グーグー鳥の肉の味は「オン・デマンド」なのだそうで、それはルウェリンの書いた『世界辞典』に載っている。――「それは愉しみです。」侯爵夫人は言った。――「はい。」――そして鳥刺しは屋根へと上る。
同じころ、王都ヴィンでは夥しい数のグーグー鳥と、それよりはるかに少ない鳥刺したちが屋根の上で争っていた。――「鳥刺しは大儲けだ。」カエルのフランソワは言った。――「鳥刺しは魔法使いの訓練を受けたんでしょう?」――「そうだよ。」何喰わぬ顔、二足歩行の彼はキャンディーを口へ放りこむ。――「行こう。」レモン味のキャンディーを口の中で転がしながら丘を下ると、奇妙な閃光が雲間に見えた。――「グーグー鳥の巣だ。グーグー鳥は「世界の怒り」なんだ。」フランソワ。――「魔法が心を和ませることってあるわ。」エリザベス。――「グーグー鳥は魔法使いだ。あるいはルウェリンの呪いさ。」――ルウェリンは世界に魔法をかけたのか?
横暴な市民たちは猟銃を持って鳥たちを仕留めようとしていたが、グーグー鳥は不思議な衝撃波で銃弾を落とし、または逸らした。逸れた弾はたまに鳥刺しの鎧に当たり火花を散らす。鳥刺しは気にしない。――「しかし今日は大猟だな?」宰相府の窓から向こうを見やり、老獪なフルート侯爵は言った。――「肉屋は破産だ。」――「はい。」ホーン伯爵は言った。――「鳥刺しはしかし何か知っております。彼女は・・・気になります。」――「ふむ・・・。」眼の前には料理された「オン・デマンド」が置かれていた。――「陛下も大変気にしておられた。迷信だが7割当たるらしい・・・ある意味だ。」骨つきのそれを一口。――「――ふむ、高い。」侯爵は満足する。
黒の王国はまだ弱くはない。傍若無人な専制が敷かれているが、改革のおかげで住民たちは概ね満足しているらしい。工場の新しい傍若無人が排気口から新しい吐息をついて、「労働者」と呼ばれる新しい軍団が組織されつつあったが、街にはまだゆとりがあった。誰かが煽動しないかぎりはまだ多分平気である。――「ここにスノーフェイスはいるの?」――「時々ね。」その大きな屋敷はルウェリン社のものだ。鳥刺しの一味はこの屋敷に寝泊まりしているらしい。不思議なことに屋根にはグーグー鳥がとまらない。ふたりは傘をさした。遠くでグーグー鳥のさらなる攻撃が始まろうとしていた。――彼らは無数の糞を落とす・・・街はひどい目に遭うはずだった。
帽子を取られたり頭をくちばしで突かれたりして、市民たちは激高していた。――「早く捕まえろ!」巡査は叫んだ。その一角はほとんどアナーキーだった。一旦帰って夕暮れ時にまた来るのだが、今日の襲撃はかなりものだ。鳥刺しに借りた「光る霧の網」に鳥たちを捕らえ、警官たちは大わらわ、ヴィン大聖堂の聖職者たちも街へ出てグーグー鳥を捕まえていた。――「これは大変なことになる。」遊びに来ていたファルシュブルク大司教は参っていた。――「終わりの日が近いのだ。預言書にあるとおりではないか。」光る霧の網、この異教の代物はしかし大きな救いだった。大司教は別に気にしていなかった。――「偉大な女神が蘇る・・・そして龍が現れる。」
大司教は空を観る。――「黙示録の火が灯り、大きな戦が起こるだろう。」――同じころ、赤の王国の赤銅王または権利または君臨は例の『農事暦』を読んでいた。侍従たちは彼の身体に油をさしていた。王はまったくのロボットで、だが本人はまったくそう思っていなかった。――「・・・気になる。」――「はい。」侍従長兼首相兼大蔵卿のプライド伯爵は言った。――「すべて胃のお話でしょう。そして災難はすべて向こうで起こるので、われわれはいつもどおり財政を責苦にしないように心がけていればよいのです。」――「ふむ。」そして君臨は沈黙した。──笑いが、伯爵の鼻に引っかかっていた。――「銀紙は、この島国では何も起きないことを予知しています。」
健気な赤銅王または権利または君臨はある深い迷信を信じていて、それはグーグー鳥の心臓を101個食べた者はあらゆる憤りを解消し、そして落ちついた「真当な人間」になれるというものだった。――「しかしせっかく造ったプディング兵は、」――「あれは防護のために造ったものですから、防護のために使わなければなりません。」伯爵の口はよく動く。そして先制は決してしてはならないことだった。――「鳥刺しが参りました。」侍従のひとりが言った。――「・・・通せ。」ややムスッとして権利は言った。鳥刺しのニトロはグーグー鳥を2羽持ってきた。――「本日は大猟です。ヴィンは大変なことになっており、雰囲気さも革命的です。」
ぐったりとしたグーグー鳥を見ると、赤銅王または云々に満足が帰ってきた。――「最悪の理が降りてくる・・・『農事暦』にはそう書かれてある。」――最高の時間が訪れる・・・伯爵とニトロは同じことを考えていた。――「大変な理だ。私がこうしてグーグー鳥の心臓をたらふく食べている間にも、最悪の破滅の時が近づいているのだ。――悪の帝国が、現れる。非常に歪んだ正義を持ち、途方もない独善を撒いて破滅的な戦争ばかり仕掛ける。――途方もない思いこみの塊・・・そして最悪の自然を、われわれは彼女に与えるのだ。」――「・・・赤い龍でございますね?」ニトロは言った。――「しかし交渉人の力がなければ彼女は復活できません。」
伯爵とニトロは言葉を待っていた。――「・・・ふむ、なるほど、しかし事を運ぶにはキンダーガルドのすべての王侯が力を合わせなければならない。交渉人は深い憂鬱の持ち主で、非常にわがままだ。大金持ちになりたいと、そのことばかりを交渉人は考えるらしい・・・どうしたものか?」権利または君臨は言った。――「物の価値というものは勢いや思いこみでどうにかなるものです。交渉人を乗せればよいのです。判断を誤らせないよう全力で彼女を理解しなければならないのです。彼女を上機嫌に保ち、不安を善がりに換え、意識を「責務」と呼ばせ、立ち向かわせればよいのです。」と伯爵。――「・・・甘いものがかなり要ると思う。」とロボット。
伯爵は答える。――「なるほど、そうしますと経費はさらに削減されなければなりません。われわれは大陸に二度と大きな領地を要求してはなりません。」――「・・・ふむ。」――納得?勢いと思いこみで、権利または君臨は納得した。ほとんど口だけの伯爵はやり手だった。――「すると私どもはキンダーガルドを駆けめぐらなければならず、さらに悪魔の国に赴かなければなりません。仰るとおりわれわれは、最悪のものと交渉しなければなりません。」ニトロは言った。――「ふむ・・・。」権利は黙った。――悪魔の国、それは赤の王国に叛乱を起こした赤銅王または云々の元臣民たちが創った国である。彼らはカネに眼がない高度な哲学者たちだ。
このような会話を赤銅王または云々たちが交わしていたころ、黒の王国のふたりは何をしていたか?ふたりは食事を採ってその胃を満たしていた。――グーグー鳥は美味かった。――「ふむ・・・これは珍味だ。」――「オレンジの味がする。」エリザベスは驚いていた。――そう、世にも不思議、グーグー鳥の肉はそれを食べる者が食べたがっているものの味を、その舌にくれてやるのだ。――「で、これからどこへ行くの?」エリザベスは聞いた。――「もうちょっとだと思うけど。」懐中時計を取りだしてフランソワはそれを見た。――スノーフェイスの使いが来るのだ。恐ろしい悪魔を呼び出すために、スノーフェイスとルウェリン社の社員たちは働いている。
――そこで時間を少し遡ろうではないか。スノーフェイスがキンダーガルドを離れたのはもう9年も前のこと。9年前、彼はあることを思いついた。人口を削減する方法がある――赤い龍を復活させなければそれは叶う、彼は鉄の王国のもの凄い口ひげ王にこのお話をしてみた。――「ふむ・・・それは幼気な願いだな?」――「はい。」悪戯好きのスノーフェイスはもの凄い口ひげ王に言う。――「そして預金を使わなければなりません。人間は今、多すぎるのです。」――「・・・戦争をすればよいわけだろう?」王はぞんざいに言った。――「はい。そして人間たちが怒ります。怒りはグーグー鳥を呼ぶのです。人間たちは自らの怒りで亡びると思います。」
巨大な鎌の刃のような口ひげが2つ、ともあれこのとき以来、王は彼のお友だちになろうと勘違いするようになった。端ないもの凄い口ひげ王には逃避のことしか頭になかった。新興中産階級によく似た彼はそのほとんどがそうであるように逃避願望が強く、端ない物陰で、目下の者には厳しく、目上の者には諂うがしかし同時に彼らを裏切る機会を待つ・・・それは悪魔の国のスタンダードによく似ていた。――「天使に気まぐれはありません。」スノーフェイスは言った。――「彼らは剛直なやさくれです。彼らは神の言葉を守ります。それしか能力がないのです。宗教の信者とは大概そういうものです。しかし最悪の天使、つまり神とは契約を結びましょう。」
――「恐ろしいことになります。」スノーフェイスは言った。もの凄い口ひげ王は沈黙してまた裏切る決意をしていたが、要するにこれでよかったのだ。――世界は破滅するだろう・・・そして世界の終わりを越えたなら、人間はもっと自由になれる、これがスノーフェイスの秘かな願いだった。――このようにして9年の年月が流れ、スノーフェイスは悪魔の国で結構なお金持ちになっていた。――「親分さん。」イタチがテーブルを駆け上がり、エリザベスは驚いてみせた。――「何?」――「あのね、急に用事ができてね、それだからついてきてほしいの。」イタチは甘えている?――「気になる。」エリザベスは言った。――「あのね、これは試練なの。」イタチは言った。
――スノーフェイスがどこかで観ているのかもしれない、エリザベスはふと思いはじめた。イタチの眼は真赤に光っていた。――「そう、じゃあそうする。どうすればいい?」――「こっち来て。」イタチは駆けた。――「やれやれ、いつもこんなだよ。」金貨を卓に置き、剣を持ってフランソワは立つ。――厨房ではコックたちが皆、赤い眼をして棒立ち、偶然入ってきた給仕も赤い眼になって棒立ち・・・イタチの赤い眼がまた光る。――「こっち。」イタチは駆けて裏口へ。――「王室の官憲がね、親分さんを探してる。」イタチは言った。――「そうだ、大変なことになる。」フランソワは言った。――「何、大変なことって?」――言う間にマンホールの蓋が弾け飛ぶ!
見れば官憲――しかしイタチの眼がまた光る。――「あとで話すよ。」そしてイタチはするする下へ、暗黒の穴を観るとエリザベスは恐怖。――「勇敢さに欠けるね、エリザベス?」フランソワは言ってするする下へ、エリザベスは驚いてそれに続く。――穴の中、辺りは暗く、だがかなり向こうに光が見えた。上ではマンホールの蓋が閉じられる。――「ちょっと待った。」フランソワはポシェットから「光る河豚」を取りだし、その額を指で弾いた。苛ついた河豚は真赤に、そしてやがて真白に輝きはじめた。――「行こう、向こうに雇い主がいる。鳥刺しのボスのひとりだ。」フランソワは歩きはじめた。エリザベスはフランソワのマントを一旦つかみ、そしてそれを離し、歩く・・・。
――そうだ、そして冒険は始まるのだ。
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